学部・大学院

薬学部コラム

<<< コラム一覧     << BACK     NEXT >>  
第39回

学生が卒業研究を通じて身に付けるものとは?

医薬品情報学研究室 木下 淳 講師


 2012年3月、札幌で開催された日本薬学会の第132年会に参加してきました。この学会は、薬学領域では最も会員数が多い学会であり、毎年数千人が参加して活発な議論が展開されています。

 われわれ研究者にとってこのような学会とは、自らの研究成果を発表し、他の研究者と意見交換することで自らを醸成する場であるとともに、研究者間の大切な交流の場でもあります。また、同級生や先輩、後輩とのちょっとした同窓会という側面も持っています(案外、これが一番の楽しみかもしれません)。

 今から11年前、この学会が同じ札幌で開催されました。自分にとっては学会発表のデビュー戦であり、懸命になってポスター作りに励み、発表前日は妙にそわそわしていたことを思い出します。今回、本学の5年生(現6年生)がこの学会で発表しましたが、全国規模の学会としては今回がデビュー戦であり、夏から取り組んでいた実験はもちろん、学会直前は懸命に発表の準備をしていました。写真は、この学生の発表風景ですが、発表直前は文字通りガチガチに緊張しており半泣き状態だったものの、堂々と発表し質疑応答していました。「うちの学生も成長したなぁ」と非常に感慨深くその姿を眺めていました。

 同じ学会において、6年制薬学教育の改革に関するシンポジウムが開催されていました。その議論の中で、6年制課程を卒業する学生には、研究遂行能力を身につけてほしいという意見が多くあり、事実、学生の研究遂行能力を向上できるようなカリキュラムを構築するということで方針が決まった感があります。

 前置きが長くなりましたが、今回は学生が卒業研究に取り組む意味について、私見を中心に述べてみたいと思います。

 小職が大学に入学した際、研究に対しての興味は、完全にゼロでした。大学の授業を受け、知識を確実に身に着け、薬剤師国家試験に合格することだけを考えていました。
学年が進むにつれて、わからないことを調べることへの欲望、というようなものがでてきました。指導教員の指導のもといざ研究を始めると、その奥の深さにのめりこんでいきました。

 大学院修了後、病院の薬剤部に勤務しました。学生時代に取り組んでいた研究テーマは、大雑把にいうと、細胞に薬物を負荷した際の遺伝子やタンパク質の変動を解析するというものでしたが、病院での業務においてこれらの実験で身につけた技術的なスキルが役に立つケースは、患者さんの血液中にどのくらい薬物があるのかを測定するときくらいでほんのわずかでした。しかしながら今思い返すと、臨床現場で生じた問題点を解決する方法を構築する場合や、受け持ち患者さんの薬物療法を支援するための情報を検索し提供する場合などにおいて、学生時代の研究活動が非常に役に立っていたのだと思います。

 研究を通じて問題解決能力が鍛えられたのだと、卒業後数年してから気がつきました。

 小職が常々学生に言っていることは「研究=実験ではない」ということです。
実験は研究を進める上でのツールの一つであって、実験をしなくても研究はできます。薬物治療の成績をより向上させるためにはどんな手段が考えられるのか、それを検証するためにはどのような方法でどのように解析するべきなのか・・・。大学で行っている基礎研究を否定するつもりは全くありませんが(事実、小職の研究室に所属している学生にも基礎研究に取り組ませています)、臨床現場には膨大なデータが存在し、そのうちの少なくない量のデータが、臨床研究のシーズとしてとても大きな意味を持っているということを学生が理解できるよう努めています。

 昨年度、第1期生の実務実習が終了しましたが、実務実習中に各自テーマを一つ設定し、それをまとめてきなさいという課題を学生に課しました。学生を受け入れていただきました現場の先生方には大変なご負担をおかけしておりますが、学生の研究的素養を醸成させる方策の一つであることをご理解いただければ幸いです。

 あくまで私見ですが、これからの薬剤師は、研究的素養を身に付けることで臨床研究を推し進め、薬物療法を進歩させるための新しいevidence(根拠)を創出し、社会に提供することが求められていくのではないかと考えています。これを実現するためには、研究デザインの構築からデータの取得と解析のみならず、自らが患者ひいては国民の健康を増進するという強い意志と、研究に偏ることなくあくまで患者の利益を優先するという倫理性とヒューマニティが求められるのではないかと思います。

 この職業に就いてから、病院勤務時代の恩師に「6年制を卒業した薬剤師に期待することは何ですか?」という質問をしたことがあります。「臨床的なスキルが備わった即戦力の薬剤師」、「チーム医療に参画できる薬剤師」といった答えを予想していたのですが、恩師の答えは「研究的素養を身に付けた薬剤師」でした。

 教え子が6年生へと成長した今、恩師の言葉の意味が分かった気がします。

 本学を巣立った学生が臨床研究を推し進め、学会などでその成果が発表できるよう、卒業研究の指導を通じて、少しでも研究的素養を身につけさせてあげたいと思います。今後は学会で教え子に会うという新しい楽しみも増えるのかと思うと、いまから楽しみでなりません。ただし、教え子の発表に対しては、ガンガン突っ込んでやろうと画策している今日この頃です。


ページの先頭へ