学部・大学院

薬学部コラム

<<< コラム一覧     << BACK     NEXT >>  
第41回

網をかける

生化学研究室 通山 由美 教授


 初夏を迎え、帰宅途中、駅ホームの天井に目を向けると、蛍光灯の光に照らされて、せっせと網を張るヤマシロオニグモの様子に目がとまる。その器用な仕事ぶりや完成された美しい同心円状の網に見とれてしまう事もしばしばである。
 クモの糸、といえば 芥川龍之介の小説、『蜘蛛の糸』が想起される。 この小説の中では、クモの糸は、一見弱そうな銀色の糸でありながら、罪人たちが縋り(すがり)付いてのぼる命綱として描かれている。
 実際、蜘蛛の糸はしなやかで強い繊維状のタンパク質から成り、クモの網はクモが自ら合成した糸で編まれている。
 何故網をかけるのか。広大な空間に網をめぐらし、その網に粘液を絡ませることにより、効率的な猟をするためだ。人間が魚を捕らえる網や小鳥を捕らえる霞網と同じであろう。
 同様に、網をかけて効率的に猟を行なうしくみが、私達の体の中で、免疫システムの一部としておこなわれている。その名もNETs形成(Neutrophil extracellular traps formation)、病原微生物から生体を守る好中球(白血球のひとつ)が、他の方法では、病原微生物を封じ込めることができなくなった時の“捨て身の戦術”である。好中球は、自らの染色体をほどいて網状の構造を形成(図 nature chemical biology 2011 7 No2表紙、緑色部分がNets)し、細胞内に蓄えた抗菌物質を網に仕掛ける。自分自身が投網に変身することで、死してなお、病原体と戦うのである。 
 仕事を終えた殺菌網は生体のクリーニング機構により速やかに分解・除去される。
 日々の糧をえるために網をかけるクモの営みを見るにつけ、私達の体の中で網と化して病原微生物と闘い、果てる好中球を想う。

 

ページの先頭へ