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薬学部コラム

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第54回

失う日本における大規模臨床試験の信頼性


医療薬剤学研究室 中井 裕士 特別教授

2012年4月14日にThe Lancet誌で、京都大学循環器内科の医師により、2007年4月にThe Lancet誌に発表されたJikei Heart Studyの結果に関して、その信頼性に疑問が投げかけられ、その後も多くの臨床疫学専門家によっても疑問が相次いだ。
その後、2012年10月5日にCirculation誌に「Jikei Heart Study、Kyoto Heart Studyなど」の統計的な誤りが多く指摘された。
これをうけて、2012年12月28日に、Circulation誌のKyoto Heart Study論文に対してデータ解析に重大な誤りを理由に撤回され、さらに2013年2月1日にKyoto Heart Studyの主論文であるEur Heart J 2009 Oct:30(20):2461-9が撤回された。
これらの不正に、製薬会社社員が論文のデータねつ造や改ざんに関与していた事実が明白となっていった。
Kyto Herat Studyの内容は、ARBであるバルサルタン服用患者において、Myocardial infarctionやStrokeなどのCardiovascular eventsが有意に低下するというものであった。
最初に、この論文を統計学の専門家でない私が読んだ感想は、なぜバルサルタンなの??というのが第一印象であったのを覚えております。
バルサルタンは、AT1 receptorに対してのinverse agonist作用を有するが、それほど強力なものではないため、バルサルタンだけどうしてこのような付加的作用を有するのかが疑問でありました。
日本におけるバルサルタンのMax doseは160mg/dayであり、米国のMax dose 320mg/dayの半分に過ぎないのに関わらず、そのような作用が本当に発現するのか??
もし、そのような作用があるのならば、弱いながらPPAR-γに作用し脂質代謝の改善に起因するのか??と自分の中でいろいろと考えておりました。
2009年に開始された同じ製薬会社主導型の2型糖尿病の糖尿病性腎症患者を対象とした大規模臨床試験であるALTITUDE (ALiskiren Trial In Type 2 diabetes Using cardio-renal Disease Endopoints)Study はDRIであるアレスキレンを他のARBやACE 阻害薬と併用することにより、ARBやACE阻害薬単独療法で認めてられている腎輸出細動脈の拡張により糸球体内圧の低下に起因する尿タンパクの減少(すなわち、腎保護作用)がより増強されるのではないかという確認の製薬会社主導型のStudyでありましたが、結果はこの会社の予測に反し、併用群において腎機能の悪化が進み、中間解析の時点で本Studyの中止を余儀なくされました(J.Renin Angiotensin Aldosterone Sys. 2012 Feb (Epub ahead of print))。
さすがに、このようなadeverse eventsの増加に関しては製薬会社としても人道的観点から人為的データ工作はなかったと思っています。
また国際的な大規模臨床試験であり、日本人の患者の登録数はわずかであったのも原因であったかもしれません。
その結果、日本においてはこれらの併用は意味不明な「原則禁忌」となりました。
私としては、米国同様に「完全禁忌」とすべきであると思っておりますので、非常に残念でなりません。
日本の添付文書は、いつもながらあいまいな記載が多すぎます。
以前、ACE阻害薬とARBとを併用すると尿タンパクが増加し、腎機能がかえって悪化するという衝撃的な論文(The New England Journal of Medicine 2008:358:1547-59)が掲載された以降、少なくとも腎臓内科医の間ではRASに作用する薬剤の2剤併用は、かえって腎機能を悪化させるというのが今のGold Standardですが、アレスキレンとARBやACE阻害薬との併用もそれに該当するものと思います。

先日、アルツハイマー病(AD:Alzheimer’s Disease)の脳画像診断に関する国際的大規模臨床研究であるJ-ADNIの製薬会社社員によるデータ改ざんが発覚しました。
ADNIは、Alzhimer’s Disease Neuroimaging Initiative の略名で、米国においてはUS-ADNI、オーストラリアではAIBL、日本ではJ-ADNIで、互換性を意図したプロトコールにより研究が行われています。
J-ADNIでは、現在の世界基準となっているアミロイドイメージングのトレーサーである11C-PIB(2004年にピッツバーグ大学のKlunkとMathisによって開発された、脳内のアミロイドβ蛋白質(Aβ)に選択的に結合するピッツバーグ化合物B:Pittsburghcompound-B:図1参照)の集積の度合いを、No upkake、Equivocal uptake、Prominent uptakeの3段階に分けて、PIB-PETの視覚的読影を行っております。
図2は、60歳以上の約100人を対象とした、J-ADNIの実際のデータであります。
健常者、軽度認知症(MCI:Mild Cognitive Impairment)、ADのそれぞれについて、皮質におけるアミロイド集積の平均値(皮質平均値)を点で示しています。
興味深いのは、健常者にもアミロイドの集積が認められる一方、ADでもアミロイドが集積していない患者がいることが重要な点であると思われます。
US-ADNIとAIBLのアミロイドPETのデータについて、J-ADNIとどの程度の互換性があるのかを検討したのが図3であります。
図3は、J-ADNI、US-ADNI、AIBLにおける、AD患者のアミロイドPETの平均画像です。
それぞれ、約20人のデータで、年齢に有意差はありませんが、日本人(すなわち、アジア人)では、アミロイドの蓄積量が欧米人よりは少ない傾向があります。
AD発症のリスクファクターであるApo Eε4保有者の頻度は、AIBLでは非常に高く(74%)、J-ADNIでは低い(52%)ことに起因するのかもしれません。
統計学的な解析の結果、Apo Eε4を1つ有すると、アミロイドが約11.8年早く蓄積しうることが判明しております。 また、MCIにおける陽性所見に関しては、1~2年という短期間のうちにADに移行する頻度が非常に高いことが、US-ADNIやJ-ADNIのデータから明らかになりつつあります。
このように、J-ADNIはアジア(黄色人種)の代表としての役割が重いにも関わらず、データの改ざんが行われたことは、国際的にみて、日本における臨床データのずさんな管理を印象づけてしまい、国際的な信用を失墜させてしまう結果となりかねません。
今後は、失われた信頼を回復させる努力を相当の覚悟をもって取り組んでいかないと、信頼回復には至らないと感じております。
責任はたいへん重いです。

図1 PIB-PET画像

図1 PIB-PET画像
上段は、69歳のAD患者で、皮質に赤い集積を認める。
中段は、64歳のMCI患者で、皮質に軽度の集積を認める。
下段は、81歳の健常人で、アミロイド集積はない。

図2 11C-PIB-PETの視覚的読影結果(J-ADNIデータより)

図2 11C-PIB-PETの視覚的読影結果(J-ADNIデータより)
上段は、69歳のAD患者で、皮質に赤い集積を認める。
中段は、64歳のMCI患者で、皮質に軽度の集積を認める。
下段は、81歳の健常人で、アミロイド集積はない。

図3 J-ADNI、US-ADNI、AIBLにおけるAD患者のアミロイドPETの平均画像

図3 J-ADNI、US-ADNI、AIBLにおけるAD患者のアミロイドPETの平均画像

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