姫路獨協大学 薬学部
生理学研究室
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研究史

1.痴呆
2.血管性痴呆
3.アルツハイマー型痴呆
4.痴呆共通因子PGD2

1.痴呆

 痴呆は、脳虚血に起因する血管性痴呆と神経細胞変性に起因するアルツハイマー型痴呆、および両者の混在するタイプに大別されている(表1)。血管性痴呆では、脳梗塞等による虚血が起き、短期記憶障害、視覚障害、脳幹異常、感覚および運動異常障害の症状が見られる。危険因子として高脂質血症、冠動脈疾患が知られている。アルツハイマー型痴呆では、アミロイド前駆蛋白質より可溶性アミロイドペプチド(sAβ) がタンパク質分解酵素により産生され、Aβ が凝集し脳内に沈着し、老人斑を形成している。炎症反応および神経原繊維変化が誘発され、神経細胞が変性・死滅・脱落し、脳室拡大・脳萎縮に至ると考えられている。このような脳組織の変化により、中核症状(記銘力低下)およびそれに伴う随伴症状(情動および運動障害)を呈するようになる。アミロイド前駆タンパク質、プレセニリン1および2、アポリポタンパク質E4 は遺伝学的解析から危険因子として同定されている。さらに、加齢・脳卒中・高血圧・糖尿病・喫煙により血管性痴呆とアルツハイマー型痴呆のいずれも発症率は高まる。

2.血管性痴呆

 脳卒中は、出血、血栓、塞栓による脳虚血性疾患であり、ATP産生減少後、生体ホメオスタシスが破綻し、生体膜からのアラキドン酸(AA)遊離を伴う(図1-1)リン脂質からのAA遊離を担っているホスホリパーゼA2(PLA2)は、分泌型PLA2 (sPLA2) ・細胞質型PLA2 (cPLA2)・ カルシウム非依存型PLA2 (iPLA2)に大別されている(表2)大脳皮質の初代培養系において、sPLA2がアポトーシスを介して神経細胞死を惹起することを初めて見出した。その機序として、sPLA2により産生された活性酸素種 (ROS) がL型膜電位依存性Ca2+チャンネル(L-VDCC)を開放させ、細胞内へと流入したカルシウムがアポトーシスを誘導していることを明らかにした[Ueda et al., J Neurochem. (1997) 68, 265]。さらに、中大脳動脈閉塞ラットを用いてsPLA2の脳卒中発症への関与を示した[Yagami et al., Mol Pharmcol. (2002) 61, 114]。我々は世界に先駆けてsPLA2の神経細胞毒性を発見し、その病理的意義はPharmacological Review [Mollace et al., (2005) 57, 217-252]を初め多くの学術論文に引用されている。

3.アルツハイマー型痴呆

 Aβ による神経細胞死には、いくつかの経路が知られている(図1-2)我々の見出したL-VDCC の関与する経路 [Ueda et al., J Neurochem. (1997) 68, 265] は、Nature Review Neuroscience (Small et al., (2001) 2, 696-698) を初め多くの学術論文に引用されている。その経路とは、AβによりROS が産生され、L-VDCCが活性化され、アポトーシスが誘導される経路である。ROSにより開放されたL-VDCCを介して流入したカルシウムにより、cPLA2 が活性化される。アルツハイマー病患者脳において、sPLA2 [Lin et al., J Neurochem. (2004) 90:637-45]およびcPLA2[Stephenson et al., Neurobiol Dis. (1996) 3:51-63]の発現増加が報告されている。中枢神経系におけるアラキドン酸カスケードの病理的役割を解明した我々の研究成果[Yagami et al., Mol Neurobiol. (2014) 49, 863]は、Pharmacological Review [Mollace et al., (2005) 57, 217-252]を初め多くの学術論文に引用されている。

4.痴呆共通因子PGD2

 AAはシクロオキシゲナーゼ(COX)によりプロスタグランジンG2 (PGG2 )、プロスタグランジンH2(PGH2 )に変換される。その後、プロスタグランジンD2合成酵素(PGDS)によりプロスタグランジンD2産生され、受容体に作用する。同様に、PGF2α・PGE2PGI2・TXA2もそれぞれの合成酵素(PGFS, PGES, PGIS, TxS)により産生され、固有の受容体に作用する。神経細胞において、PGD2・PGE2PGI2はそれぞれの受容体を介して、細胞保護作用を示すことが知られている(図1-3)

 脳卒中およびアルツハイマー病の患者脳において、PGD2が増加し、COX2 阻害剤が症状を改善することが知られている。それらのビトロモデルにおいて、sPLA2 およびAβによる神経細胞死に先立ちPGD2 が増加し(図1-4)COX2 阻害剤により細胞死およびPGD2 増加のいずれも抑制されることから[Yagami et al., Br J Pharm. (2001) 134, 673; Mol Pharmcol. (2002) 61, 114; J Neurochem. (2002) 81, 449]、脳卒中およびアルツハイマー病の共通メディエイターとしてPGD2 が示唆された(図1-5)しかしながら、PGD2 により神経細胞死が誘導されたものの、その受容体ブロッカーは細胞死を抑制しなかった(図1-6)。また、PGD2受容体ブロッカーはsPLA2 およびAβの神経細胞毒性を軽減することも無かった。さらに、神経細胞膜にPGD2 の特異的結合部位はほとんど検出されず、PGD2受容体のmRNA発現量が脳実質において他組織よりかなり低いという報告を支持する結果となった[Yagami et al., Exp Cell Res. (2003) 291, 212](図1-7)PGD2は、脳卒中およびアルツハイマー病の共通因子として考えられたが、神経細胞にその受容体が存在していないにも関わらず、どのようにして神経細胞を死に至らしめているのであろうか?それを解明することが、本研究室の課題Iとなった。