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播磨学I (第9回)「文学に描かれた播磨(黒田官兵衛)」を開催しました。 [教務課・地域連携課]

2013/06/17

6月14日(金)、姫路文学館学芸課課長補佐の玉田克宏氏を講師にお迎えし、「文学に描かれた播磨(黒田官兵衛)」をテーマにお話しいただきました。まず、司馬遼太郎「播磨灘物語」のDVDを上映した後、黒田官兵衛を描いた様々な作品を取り上げ、以下のように官兵衛像の変遷を紹介されました。

黒田官兵衛に関する江戸時代のイメージは、頭がよすぎて気味の悪い人間というものであった。たとえば、津軽家の文書には、大返しの際、官兵衛が秀吉の手を取って、信長公が討死されて嬉しいでしょうと囁いたのに対して、地震で伏見城が倒壊した時、秀吉は駆け付けた官兵衛に、昨夜はおれが死んだと思ってうれしかったろうと言った、と書かれている。

明治時代には、修身の教科書に、人との交際ではその人の役に立つことをしてあげることが大事という例として、「黒田如水の鯛」の話が取り上げられている。いずれの時代も、官兵衛は軍師とみなされてはいなかった。

戦時色が濃くなった頃から、菊池寛、鷲尾雨工、吉川英治、池波正太郎らが官兵衛をテーマに作品を書いている。昭和19年に最初の部分が発表された坂口安吾の「二流の人」では、官兵衛は、若い頃一か八かの賭博を張るような生き方をしたが、有岡城での幽閉後、野心を抱きつつも身の安全を常に考慮する、処世術に長けた人間として描かれた。

司馬遼太郎の「播磨灘物語」は、これまで脇役であった官兵衛評価を一新し、主役に据えた作品である。戦国時代の良さ、家康が否定したものをすべて身に着けていた官兵衛は、「町角で別れたあとも余韻ののこる感じの存在」と描かれ、司馬遼太郎は「友人にもつなら、こういう男を持ちたい」と記している。

最近の文学作品としては、火坂雅志の「軍師の門」、葉室麟の「風の王国」などが挙げられる。

(文責:大塚健洋)


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