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播磨学I (第12回)「清水公照の世界」を開催しました。 [教務課・地域連携課]

2013/07/08

7月5日(金)、姫路市書写の里・美術工芸館の山本和人学芸員を講師にお迎えし、「清水公照の世界」というテーマでお話しいただきました。

清水公照は、明治44年、姫路市書写で製麺業を営む東道家の6男に生まれた。幼名は睦治。加西小学校、小野中学校を卒業後、東大寺塔頭宝厳院の清水公俊のもとに入寺した。龍谷大学で学んだ後、天竜寺の関精拙に師事。戦後、35歳で金鐘中学校校長、次いで菁々中学校(現東大寺学園中学校)校長を務めた。52歳の時、東大寺幼稚園の園長に就任し、園児の描いた奇想天外な大仏を見て、墨画を描くようになった。また、園児の紙粘土細工にヒントを得て、泥仏も作り、現在1万点ほどが残されている。昭和50年、華厳宗管長、第207世東大寺別当に就任し、大仏殿昭和の大修理を成し遂げた。平成6年、故郷の近くに姫路市書写の里・美術工芸館が開館し、名誉館長を務める。平成11年、88歳で遷化。公照は「心はたくみなる画師のごとし」と述べ、人生は一幅の絵のようなもので、心がすべての世界を作り出していると、華厳の世界を説いた。

公照は芸術家としても有名で、書画、泥仏、陶芸作品への絵付けを行っている。また、全国各地に、公照の書いた看板も数多く残されている。初期の時代の書は、線が細めで勢いがあり、難しい言葉が書かれているが、晩年になると、言葉もやさしく、枯淡の味わいが増している。絵も当初は色遣いも少なく地味であったのが、晩年になると明るく鮮やかな色遣いへと変わっていった。

(文責:大塚健洋)


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