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はりま歴史講座「姫路が生んだ戦国武将 黒田官兵衛」(第10講・最終回)報告 [地域連携課・播磨総合研究所・播磨会]

2014/02/04

 昨年の4月20日(土)から全10回の日程で開催された、はりま歴史講座「姫路が生んだ戦国武将 黒田官兵衛」も、1月26日(日)の第10講で、最終回となりました。最終回は、シンポジウム「黒田官兵衛を語る」と題して、今年の1月5日(日)からスタートしたNHK大河ドラマ「軍師 官兵衛」の話題も織り交ぜながら、二部構成の盛りだくさんな内容で実施されました。

 第一部の基調講演は、2014年NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の時代考証でおなじみの戦国史の第一人者・静岡大学名誉教授 小和田哲男先生が、「軍師官兵衛-知られざる実像-」と題して話されました。導入として、戦国の軍師には呪術型と参謀型があると指摘、官兵衛は後者の参謀型であると言われ、また、当時、軍師というような名称はなく、「軍配者」と呼ばれていたということを指摘されました。
 次に、官兵衛の生きた年代に沿って、その魅力を、時には大河ドラマの時代考証にあたっての苦労話を交えながら軽快にお話しされました。官兵衛はもとから豊臣秀吉の家臣であったわけでなく、播磨の小戦国大名・御着城主の小寺政職の家臣で、22歳の時に家督をつぎ、姫路城主となり、同時に小寺の家老職も継承しました。当時・主君の小寺氏は毛利につくか織田につくかを思案中、官兵衛は長篠の戦いで勝利した織田信長につくことを決意、小寺家を信長へと導きました。先生は、この時なぜ官兵衛が信長につくことを決意したのかという理由を、広峰神社の御師にあると指摘されました。さらに、信長に反旗を翻した伊丹・有岡城主の荒木村重を官兵衛が説得に行き、逆に幽閉された事件が、官兵衛にとってのターニングポイントであったということも言われました。
 本能寺の変で信長が討たれると、官兵衛は、豊臣秀吉に「中国大返し」を進言し、いかにも軍師らしい働きをしたと述べられました。また、今後の大河のみどころとして、官兵衛が九州に本拠を移した後の、宇都宮鎮房誅殺事件をドラマがどう描くか注目してほしいとも言われました。
 最後に、秀吉が官兵衛を警戒していたのは本当か、また、官兵衛は天下をねらったかといった、いくつかの疑問を提示され、それにまつわるエピソードを興味深く展開されました。ここでも、大河ドラマの時代考証の苦労話をいくつか紹介され、会場のみなさんは、興味津々にその話に耳を傾けていました。
 先生のお話はとてもわかりやすく、論旨も明快で、今後の大河ドラマを鑑賞する際の手引きとして最適なお話で、受講者のみなさんは、とても満足しているようでした。

 基調講演のあとは、第二部のパネルディスカッション「黒田官兵衛を語る」で、パネリストには、姫路市長・石見利勝氏、獨協学園理事長・寺野 彰氏、姫路獨協大学長・本多 義昭氏、作家・柳谷郁子氏、そして、小和田哲男先生にも加わっていただき、コーディネーターとして、姫路獨協大学法学部長で郷土史家の道谷 卓教授の、計6名が壇上にあがりました。道谷教授の司会で、まず、パネリスト5名が、自己紹介をかねて、今放映中の大河ドラマ「軍師 官兵衛」を見た感想を一言ずつ話しました。

 2巡目は、それぞれの立場から、官兵衛の魅力を語ってもらいます。まず、石見市長は、官兵衛を大河ドラマに取り上げてもらえるようこれまで何度もNHKに足を運んだが、ようやくその念願がかなったと述べられ、市長として大河ドラマ放映にあたり、官兵衛プロジェクトなどの市の取り組みや今後の抱負を、力強く語っていただきました。次に、寺野理事長が、関東在住者からみた「軍師 官兵衛」の感想を述べられました。とりわけ、視聴率に関して、関東は関西に比べかなり低いということについて、関東在住者からすれば、姫路のローカルな地名が何の説明もなく出てくるので、非常にわかりづらい、地図で位置関係を示すなど、解説を入れてもらえれば、関東でも注目されるのではないかと話されました。また、本多学長は、薬学研究者の立場から、黒田家の目薬について、当時の目薬はどんなものだったなど、「目薬の木」と「玲珠膏」を中心に解説されました。ドラマでは、塗り薬のような目薬として描かれているが、当時の目薬がどんなものだったかは、ほとんど資料が残っておらずわからないとのことでした。小和田先生は、この本多学長の話を聞かれ、もう少し早くこの話を聞いていれば、ドラマの中の目薬をもう少し違ったように描いたのではないかとコメントされました。さらに、柳谷氏は、現在、地元のリビング紙に官兵衛にまつわる文章を連載中で、それにまつわるエピソードや、官兵衛の魅力を十分話されました。とりわけ、人はハムレット型(内向的)とドンキホーテ型(行動推進型)に分けることが出来るが、官兵衛はこのいずれの性格も持ち合わせていると説明されました。最後は、小和田先生です。先ほどの基調講演で語り尽くせなかったことをまとめていただきました。なかでも、時代考証の難しさについて、以前に考証された大河ドラマ「天地人」を例に出しながら、興味深いお話しをしていただきました。

 3巡目は、フリートークとして、2巡目で話せなかったパネリストの思いを存分に語っていただき、受講者からの質問も受付け、会場全体が官兵衛で盛り上がったような感じでした。  こうして、5人のパネリストをお迎えしたパネルディスカッションも、90分という制約された時間の中、充実した内容で終了することが出来ました。
 なお、今回のシンポジウムも含めて、全10回の講座内容は、神戸新聞総合出版センターから、書籍として刊行する予定ですので、ご期待ください。

(文責:法学部長・道谷 卓)

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