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播磨学Ⅰ(第10回)「文学に描かれた播磨 谷崎潤一郎『乱菊物語』」を開催[教務課・地域連携課]

2014/06/27

6月13日(金)、姫路文学館学芸課の玉田克宏氏を講師にお迎えし、「文学に描かれた播磨 谷崎潤一郎『乱菊物語』」というテーマについて、ビデオ鑑賞を交えながら、お話しいただきました。講演要旨は以下の通りです。

播磨を描いた大家の作品としては、谷崎潤一郎の『乱菊物語』と司馬遼太郎の『播磨灘物語』が有名である。『乱菊物語』は、昭和5年3月から9月まで東京朝日新聞、大阪朝日新聞に連載された。

広辞苑によれば、作者の谷崎潤一郎は、東京生まれの小説家・劇作家で、文化勲章を受章している。『刺青』『少年』など、耽美と背徳の空想的な世界を華麗に描いたが、大正後期から日本的な伝統美に傾倒し、王朝文学の息吹を現代に生かした新しい境地を拓いた。その他の作品には、『蓼食ふ虫』『春琴抄』『細雪』『少将滋幹の母』などがある。

『乱菊物語』は『播磨鑑』に描かれた室津の遊女を題材に、赤松氏と代官の浦上氏との確執を絡めた大衆小説である。海鹿と馬との間にできた子供、海鹿馬が登場するなど、谷崎は自由に想像力をはばたかせている。彼が播磨を舞台にした小説を書いたのは、姫路出身の友人和辻哲郎や女中の宮田絹枝の影響があり、取材のために家島諸島や室津も訪ねている。

この小説は、佐藤春夫に千代夫人を譲渡するという、谷崎自身の身辺問題が発生したため、残念ながら前篇のみで中断した。彼は晩年まで『乱菊物語』後編の執筆をあきらめず、75歳の時には後編と『武州公秘話』続編の資料集めをしている。しかし、彼の創作意欲は『瘋癲老人日記』や『台所太平記』に向かい、結局、後編は書かれなかった。

(文責:大塚健洋)

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