見えぬものでもあるんだよ 1)、とみすゞは言う。
2019年、日本産新属新種の恐竜としてカムイサウルス・ジャポニクス(Kamuysaurus japonicus)が発表された 2)。後期白亜紀の海底地層から日本で初めて発見された植物食恐竜の「カムイ」とはアイヌ語の「神」、「サウルス」とはラテン語の「トカゲ・竜」そして「ジャポニクス」とはラテン語の「日本」を意味しているので、さしずめ日本神竜となろうか。2003年4月、崖の中腹で発見された骨化石(図1)は穂別町立博物館に寄贈された。当初、首長竜の尾椎骨と判断され、そのまま保管された。8年後、別の研究者から恐竜の可能性が指摘され、専門家により「ハドロサウルス科(植物食恐竜)の尾椎骨」と鑑定され、「死後その場で埋没し、化石になった」と推定された。既に石の中にある化石は、地層由来の石との境界が明瞭であればクリーニングにより取り出すことが出来る。
『 わたしは大理石を彫刻する時、着想を持たない。「石」自体がすでに掘るべき形の限界を定めているからだ。わたしの手はその形を石の中から取り出してやるだけなのだ』(ミケランジェロ・ブオナローティ、Michelangelo Buonarroti : 1475-1564)
ダビデ像はルネッサンスを代表する芸術家ミケランジェロが1501年から1504年の間に制作したものであるが、元々は別の彫刻家が制作依頼を受けていた。フィレンツェ大聖堂を補強する控え壁に、旧約聖書に基づいて12体を設置する計画があり、その一つとしてダビデ用の大理石がトスカーナ北部のアプアンアルプスの町、カッラーラの採石場から取り寄せられた。しかしながら、プロジェクト指揮者が死去した1466年、理由は不明ながらも制作が中断され契約も破棄された。その後、大理石の塊はダビデ像として完成させる事の出来る芸術家の出現を35年間も待ち続けることになった。レオナルド・ダ・ヴィンチも候補にあがったが、結局、26歳のミケランジェロに委ねられた。
洋の東西を問わず、彫刻を究めた者は同じ境地に達することが知られている。奈良の東大寺南大門に設置されている国宝の金剛力士阿形立像は、ルネサンスを遡ること300年鎌倉時代に運慶と快慶によって合作された(図3) 3)。巨大な仏像を作るために寄木造りという手法が定朝によって平安時代中期に完成されたが、仏教が渡来した飛鳥・奈良時代においては「仏像になる木には仏様が宿っている」として、一本の木から仏像は彫られていた。その一木は御衣木とよばれ、僧により穢れが除かれ、加持により霊性が籠められ、浄水を注がれてから仏師に供された。御衣木に籠められた仏性を化現させるのが仏師の役割と受け止められている。本来は鑑賞ではなく礼拝の対象であるが、大理石であれ木であれ硬質の素材であるにも拘わらず肌の血管や布の襞のような柔らかな表現、その超絶技巧に圧倒される。
『人間の想像するものは既に自然の中にある』アルベルト・アインシュタイン(独: Albert Einstein、1879年3月14日 - 1955年4月18日)
アインシュタインの一般相対性理論から導かれる現象の一つに、重力レンズが知られている(図4)。巨大な重力をもつ天体が、レンズのように働いて光の経路を曲げる現象である。極めて遠方にあるクエーサーと地球の間に大きな重力をもつ銀河等の天体があるとクエーサーの像が拡大され、或いは複数に見える。円環状もしくは弧状に見える場合はアインシュタインリングと呼ばれ、遠方の天体の見かけの明るさが増すマイクロレンズ効果も同様の仕組みで起こる。重力レンズは,80 年前,アマチュア科学者マンドル氏によって提唱された 4)。マンドル氏は自身の名前では論文は受け付けて貰えなかったので、アインシュタインに面会し理論の計算結果について検証して貰い、アインシュタインの名前で論文を発表して貰った 5)。当初、大きな重力をもつ天体として一つの星を想定していたので、アインシュタインリングとマイクロレンズ効果を地球から観測するにはあまりに小さく,観測は絶望的と思われた。アインシュタインとしてはサイエンス誌とは言えその論文発表には乗り気では無かったが、結果として太陽系外惑星発見に活用されている重要な発見となった。
昼間見えないお星さまでも夜になれば見えるようになる。ただの石ころにしか見えない石も割れば中の化石が見えるようになる。一つの星だけでは観測不能な重力レンズも銀河になれば観測できる。大理石像・木像の中に「既に存在しているもの」はどうすれば見えるのか、皆目見当はつかない。強いて挙げるなら、見えている人に活躍の場を用意し見させて頂く事だろうか。
1) 没後80年 金子みすゞ ~みんなちがって、みんないい 矢崎節夫 JULA
2) Kobayashi Y et al., A New Hadrosaurine (Dinosauria: Hadrosauridae) from the Marine Deposits of the Late Cretaceous Hakobuchi Formation, Yezo Group, Sci Rep. 2019 Sep 5;9(1):12389 Japan
3) 対決 巨匠たちの日本美術 2008年 朝日新聞社
4) Einstein A., 1936, Science 84, 506
5) 阿部文雄 重力レンズとアマチュア 天文月報 2017年3月