姫路獨協大学 薬学部
生理学研究室

Home
メンバー
研究
教育
業績
競争的資金
共同研究
イベント
学外の活動
コラム
アクセス

矢上達郎 コラム

白の時代 (2017.07)


姫路市立美術館:ユトリロ回顧展
ノルヴァン通り、モンマルトル

 画家にはそれぞれ特徴的な時代があり、時として色で名付けられる。ピカソなら「青の時代」が有名で、青は美術の教科書では寒色として教えられている。ピカソが冷たく暗い青を基調とするようになった契機は親友の自殺と言われている。「青の時代」の作品からは、「死」や「貧困」と言った人間や社会の悲哀が伝わってくるらしい。色は、色相、明度、彩度という3つの属性によって分類・体系化される。白は、明度にのみ関与し色相・彩度のない無彩色として教えられている。白で有名な画家は少なくとも二人おり、藤田嗣治とモーリス・ユトリロである。文化の都パリの寵児となった藤田は、「乳白色の肌」で一世を風靡した。一方、アルコール依存症のユトリロは、精神が蝕まれていたにもかかわらず、白を基調とした絵を描き高く評価された。


 ユトリロの母は画家シュザンヌ・ヴァラドンで、ルノワールの「都会のダンス」のモデルにもなっている。バランドンとユトリロ、二人の関係は母親が子供に愛情を注ぐという一般的な関係ではない。現代でも見受けられる育児放棄した母親と未成年にしてアル中になってしまった息子、心穏やかならぬ母子関係である。母親バランドンの絵は、輪郭がはっきりして意志の強そうな印象を受ける。それに対し、息子ユトリロの絵は母親から手ほどきを受けた形跡は無く、何かを描いてはいるが何かを主張しているわけではない。アルコールを飲まずにはおられない程精神的に不安定であり、後に精神疾患と診断される。しかしながら、「白の時代」の作品群を初見したときに感じたのは、静けさであった。ゴッホの絵に感じたような狂気、あるいは心の闇を感じることは出来なかった。藤田は、ヒトやネコ等の生き物を主題とし、その肌や毛並みを描くのに白を使っている。それに対し、ユトリロは建物や道路など街並みを主題とし、それらを描くのに白を用いている。彼にとってヒトは主題ではなく悪までも風景の一部にしか過ぎず、まるで影のように黒に近い色で描いている。


 母親から十分な愛情を受けなかったにもかかわらず、不思議なことにユトリロの絵からは不安感は伝わってこない、むしろ穏やかで澄んだ精神を感じてしまう。あまりのギャップに驚かされるが、絵というものが作者の心情を反映するものなら、ユトリロにとって絵を描いている時こそ心穏やかになれたのかも知れない。心通わぬ人との唯一の接点が絵であり、絵を描く行為を通して繋がりを感じたのかもしれない。絵画史に一時代を刻む程の画家の多くは孤高で近寄り難いが、なぜかユトリロは遠い存在ではなく身近に感じる。


ページのトップへ