姫路獨協大学 薬学部
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矢上達郎 コラム

遥か彼方に (2017.10)


“Faraway” Andrew Wyethe
「遥か彼方に」アンドリュー・ワイエス

 この絵を見るとほろ苦く思い出される。中学の美術の授業で模写がテーマとなった。ほとんどの学生は有名な画家の絵を模写したが、私は教科書に小さく載っていたこの絵を選んだ。作者は知らず、日本ではほとんど馴染みのない画家であった。掲載図をA3位に10倍以上に拡大したので細部は適当であった。真ん中の少年はテンペラという技法で描かれていると勘違いし、絵の具に黄身を混ぜて描いた。絵は好きなので、いつの間にか課題であることを忘れ描くのに夢中になっていた。納得いくまで描き続けた結果、寝不足となり翌日の朝礼で校長先生のお話の最中に倒れてしまった。気が付くと、校舎の日陰で一人横たわって朝礼の続きを聞き、朝礼が終わり次第、何事も無かったかのようにクラスに戻っていった。


 この絵の作家は、アメリカ・ペンシルベニア州生まれのアンドリュー・ワイエス。後に画家となる次男のジェームズをドライブラッシュで描いているが、「少年の孤独さ」が印象に残る絵である。彼の暮らしたチャズホードは日本と同様に四季を感じることができ、その邸裏にはブランデーワイン・リバーが静かに流れている。虚弱体質だったため学校へは行かなかったが、挿絵画家だった父親から教育を受けている。「父は解剖学の偉大な先生だった」と後にワイエスが語るほど、厳密な描写のための手ほどきを受けた。(日本経済新聞1994年12月11日(日)朝刊:美の故郷)。挿絵は依頼主のイメージを具現化することが求められるが、ワイエスの画風はおよそ商業主義的な絵とはかけ離れている。一般受けする画風ではなく、「描きたいのを描きたいように描く」、少なくとも私にはそう見えたし、そこがまた魅力でもある。


 美術の課題を提出して一週間後くらいに、校舎の入り口に絵が掲示された。先生の感覚で選ばれた生徒の絵が並べられ、珍しいことに人だかりが生じていた。20枚近くの絵の中で、1枚だけ強く惹きつける絵があった。最も人目を引く位置に飾られていたのは、まぎれもなく自分の絵だった。細部にまで正確に写した同級生のゴッホの方が模写として高く評価されるべきだと思うが、私の絵は中央の少年が生きていた。原画に似ず背景から浮いてしまったが、確かに少年は生きていたのである。その生命力が模写の枠を超え中学生の心に響いたのだろう。子供ながらにも傑作だと思っていたが、引っ越しの際にゴミと一緒に捨てられてしまった。絵のタイトルと同様に、「遥か彼方に」行ってしまったのである。


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