姫路獨協大学 薬学部
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矢上達郎 コラム

クリスティーナの世界 (2017.11)


“Christina's World” Andrew Wyethe

 ワイエスの淡々とした絵になぜか惹きつけられる。画題は身近なものが多く、見過ごされそうな日常でもワイエスの手にかかると絵になる。ありふれた日々の中にもかけがえのない大切な事が埋もれている、そのことに気づかされる。その一つが「クリスティーナの世界」であり、女性の視線の先に家があるが、不自然なポーズを取っている。なぜ女性は、草原に横たわっているのだろうか?どうして背中を向けているのか?目標となっている家はオルソンハウス(メーン州クーシング)で、米国の文化財史跡に指定され、今でも小さな入り江を見下ろす岬の丘に建っている。


 125年前、氷結で航海できなくなったジョン・オルソンが宿を求めてやってきた。春の雪解けを待つ間に、宿の娘と恋に落ち結婚して二人の間に生まれたのが絵のモデルのクリステーィナだ(日本経済新聞1994年12月4日(日)朝刊:美の故郷)。



“Wind from the Sea” Andrew Wyethe

 ワイエスの父がクーシングにサマーハウスを購入し、一家は毎夏この地を訪れていた。父の知り合いも別荘を持っており、ワイエスが遊びに行った時に出会ったのが、妻となるベッツィーである。ベッツィーに連れて行かれたオルソンハウスでクリステーィナを紹介され、ワイエスも遊びに行くようになる。オルソンハウスの屋根窓に関心を寄せたワイエスは水彩の筆を執ったが、ある日あまりの暑さに窓を開け放った。途端に爽やかな風が入り込み、白いレースのカーテンが巻き上げられた。その一瞬を捉えたのが、「海からの風」である。


 ワイエスが窓から草原を見渡すと、そこにクリステーィナの姿が見えた。彼女は横たわっていたのではなく、這っていたのである。ある病が悪化して歩けなくなったが、車いすだと誰かの助けを借りることになるので、彼女は這う方を選んだ。弟と一緒に住んでいたが、助力を求めず自力で這って両親のお墓参りをしていたクリステーィナ、その背中にハンディキャップはあっても自立して生きていこうとする彼女の矜持をワイエスは感じたのではなかろうか。画家の枯れた筆致の奥に、愛情溢れる眼差しを感じる。


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