姫路獨協大学 薬学部
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課題 I:神経変性疾患メディエイターとしてのシクロペンテノン型プロスタグランジン

1. PGD2は15d-PGJ2に代謝されて神経細胞死(アポトーシス)を誘導する
2. 15d-PGJ2について
3. 神経細胞膜上に[3H]15d-PGJ2特異的結合部位は存在する
4. シクロペンテノンPGsは[3H]15d-PGJ2膜特異的結合部位に結合する
5. 15d-PGJ2 膜標的分子の同定

1. PGD2は15d-PGJ2に代謝されて神経細胞死(アポトーシス)を誘導する

 15デオキシ-デルタ12,14-プロスタグランジンJ2(15d-PGJ2)の前駆体であるプロスタグランジンD2 (PGD2 )は、神経細胞・アストロサイト・マイクログリアのいずれからも産生されます。アルツハイマー病や脳卒中等の患者脳において増加することが報告されていますが、その病理的役割については不明でした。2001年、私たちは世界に先駆けてアミロイドβが神経細胞死を誘導する直前にPGD2を一過性に産生し、PGD2 は神経細胞死を誘導することを見出しました[Yagami et al., Br J Pharm. (2001) 134]。しかしながら、その細胞死はPGD2 受容体拮抗剤よって抑制されず、神経細胞膜上にPGD2 特異的結合部位を検出されませんでした[Yagami et al., Exp Cell Res. (2003) 291, 212]。PGD2 は神経細胞毒性を直ちにではなく適用数時間後に示したことから、PGD2 自身ではなくその代謝物が作用しているのではないかと考えられました図1-1)。酵素が存在しない条件でも、PGD2 はシクロペンテノン(PGJ2Δ12-PGJ2 および15d-PGJ2)に代謝されることが報告されており、我々も確認しました図1-2)。シクロペンテノン代謝物中、15d-PGJ2が最も強い神経細胞毒性を示しました図1-3図1-4)。PGD2 および15d-PGJ2による神経細胞死は、形態学的および生化学的解析によりアポトーシスと考えられました図1-5図1-6)[Yagami et al., Exp Cell Res. (2003) 291, 212]。


2. 15d-PGJ2について(図2)

 15d-PGJ2 は、細胞膜を透過し、細胞質中で核受容体peroxysome-proliferator activated receptor γ (PPARγ)に結合することが知られている。その後、9-cis retinoic acidの結合したretinoid X receptor (RXR) と異種二量体を細胞質において形成し、核内に移行して標的遺伝子のプロモーター領域中のPPAR responsive element (PPRE)に結合し、様々な標的遺伝子を発現します。神経細胞においては、PPARγの活性化によりアポトーシスは誘発されず、逆に細胞が死から保護されることが報告されている。
 PGD2 の受容体として、7回膜貫通受容体のDP1とDP2が知られている。DP1 は促進性GTP結合タンパク質(Gs)と共役しアデニレートシクラーゼ(AC)を活性化し、cAMPを産生し、cAMP 依存性タンパク質リン酸化酵素(PKA)を活性化する。その結果、グルタミン酸などの神経細胞毒性に対し細胞保護作用を示す。一方、DP2 は抑制性GTP結合タンパク質(Gi) と共役しアデニレートシクラーゼ(AC)を不活性化し、cAMP産生抑制および細胞内カルシウム濃度上昇を起こす。DP2 はグルタミン酸などの神経細胞毒性に対し増悪作用を示すことが報告されている。15d-PGJ2 の膜受容体としてDP2 が報告されているが、神経細胞においてアポトーシスとの関与を示す証拠は未だに捕捉されていない。
 PGD2 と同様に、15d-PGJ2 は官能基としてカルボキシル基を有し生体内pHでは負電荷を有している。しかしながらPGD2 がトランスポーターを介して細胞内外を移動しうるのに対し、15d-PGJ2 のトランスポーターは未同定で細胞内外の移動機構は不明である。また、神経細胞において15d-PGJ2 膜受容体であるDP2のタンパク質レベルでの発現を示す報告は未だなされていないことから、15d-PGJ2は新規膜標的分子を介して細胞内に取り込まれ、アポトーシスを誘導していることが示唆された。


3. 神経細胞膜上に15d-PGJ2特異的結合部位は存在する

 [3H]15d-PGJ2 は市販されていないので、我々自身で標識体を合成し、大脳皮質より調製した細胞膜を用いて結合実験を行った[Yagami et al., Exp Cell Res. (2003) 291, 212]。結果、 [3H]15d-PGJ2全結合の8割近い特異的結合部位が検出された図3-1)。合成で得られた[3H]15d-PGJ2の濃度が低いため、飽和に達する条件での結合実験は行えなかった。途中の濃度まででスキャチャード解析を行った結果、最大結合量(Bmax)は30.2pmol/mg protein、解離定数(Kd)は16.5 nMとなった図3-2)。次に、15d-PGJ2を用い[3H]15d-PGJ2特異的結合に対する阻害実験を行った結果、IC50は1.6 μMであった図3-3)。結合阻害曲線に基づきヒルプロットした結果、ヒル定数は1よりも小さく、負の協調性を示す二つ以上の結合部位が存在することが分かった(図3-3)。高親和性結合部位は神経細胞保護に、低親和性結合部位は神経細胞毒性に関与していると推察された。


4. シクロペンテノンPGsは[3H]15d-PGJ2膜特異的結合部位に結合する

[3H]15d-PGJ2膜特異的結合部位に対するPGD2そのシクロペンテノン代謝物図4-1)の親和性はPGD2 <PGJ2 <Δ12-PGJ2 <15d-PGJ2 であった図4-2)。PGE2 に親和性は認められなかったが、そのシクロペンテノン代謝物図4-1)であるPGA2 には親和性が検出された図4-2)。一方、ロイコトリエン(LTB4)やPGD2 受容体遮断薬(BWA868C)には親和性は認められなかった図4-2)。 また、[3H]PGJ2 および[3H]Δ12-PGJ2 も自ら合成し、同様の結合実験を行い細胞膜上に特異的結合が検出した。各々の膜特異的結合部位に対するPGD2そのシクロペンテノン代謝物図4-1)の親和性はPGD2 <PGJ2 <Δ12-PGJ2 <15d-PGJ2 となり、PGJ2 およびΔ12-PGJ2 のいずれも15d-PGJ2 特異的結合部位を介して神経細胞を死に至らしめていると考えられた。
15d-PGJ2 は、免疫を司っているT細胞(Th2)において15d-PGJ2に対する膜受容体(CRTH2)が見出されている。CRTH2 はPGD2 に対し高親和性を示すことから「DP2」とも呼ばれているが、15d-PGJ2 が DP2 を介して神経細胞死を誘発している可能性は右記の理由により否定されている。1) 大脳皮質神経細胞膜において[3H]PGD2 に対する特異的結合部位は検出されなかった、2)DP2 に対する親和性は、PGD2 とそのシクロペンテノン代謝物(PGJ2、Δ12-PGJ2および15d-PGJ2)は同程度であるが、神経細胞毒性は15d-PGJ2が最も強かった、3)DP2アゴニストである 15d-Δ12,14-PGD2 に神経細胞毒性は検出されなかった、4) DP2 に親和性を示さない PGA2神経細胞毒性および 15d-PGJ2 膜特異的結合部位への親和性が検出された。シクロペンテノンのアポトーシス誘導能は15d-PGJ2膜特異的結合部位への結合能と相関していた(表4-1)。かくして、「15d-PGJ2 は新規膜標的分子を介して神経細胞死を誘発している」という仮説を提唱するに至った [Yagami et al., Current Neuropharmacol. (2006) 4, 87]。


5. 15d-PGJ2 膜標的分子の同定

我々は、ビオチン標15d-PGJ2を用い、膜標的タンパク質の分離・同定に成功した図5-1[Yamamoto et al., PLoS ONE (2011) 6, e17552]。ビオチン標識15d-PGJ2も濃度依存的に神経細胞死を惹起し、そのLD50値(1μM)は非標識15d-PGJ2と同程度であった図5-2)。ビオチン標識15d-PGJ2も非標識15d-PGJ2と同様に神経細胞の形態を変性させた図5-3)。ビオチン標識による15d-PGJ2の特性への影響はほとんど検出されなかった。次に、ラット大脳皮質より細胞膜を調製し、結合実験に供した。1μMビオチン標識15d-PGJ2のみを結合させ、全結合サンプルを調製し、二次元電気泳動を行い、抗ビオチン抗体でウエスタンブロッティングを行った図5-4)。非特異的結合サンプルは、1μMビオチン標識15d-PGJ2に非標識15d-PGJ2を10 μM図5-5)或いは100 μM図5-6)加えた条件で調製し、二次元電気泳動以下同様に行った。非標識15d-PGJ2は濃度依存的にビオチン標識15d-PGJ2による蛋白質修飾を阻害した。特異的結合を示すスポットをシプロルビー染色ゲル図5-7)から切り出し、インゲル消化後、質量分析を行った図5-8)。得られたピークをマスコット解析図5-9)した結果、白円で囲まれたスポットの同定に成功した図5-10)。同定された11種のタンパク質は、解糖系酵素(PKM1: Pyruvate kinase M1, Enolase1: non-neuronal enolase α, Enolase2: neuronal enolase γ, GAPDH: Glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase),分子シャペロン(HspA8: Heat shock cognate 71 kDa protein, TCP-1α: T-complex protein 1 subunitα)および細胞骨格(Actin β, CapZα-2: F-actin-capping protein subunitα-2, internexin α, Tubulin β2b, GFAP: Glial fibrillary acidic protein)であった。Actin βは、他の細胞で15d-PGJ2標的タンパク質として既に報告されている(Biochemistry 2007 46:2707)。15d-PGJ2標的タンパク質PKM1, Enolase 2, GAPDHはアミロイドβと、GAPDH, Hspa8はアミロイド前駆タンパク質と、GAPDH, Tublinβはアミロイド斑と、Actin β, Tublinβはタウタンパク質と相互作用することが報告されており(J Neurochem 2005, 94, 617)、我々の提唱する15d-PGJ2神経変性メディエイター仮説を強く支持する結果となった。筋萎縮性側索硬化症患者脊髄・脳卒中・アルツハイマー病等において 15d-PGJ2 増加を示唆する結果が報告され、我々が2000年以来継続して報告してきたcyclopentenone 代謝物(15d-PGJ2Δ12-PGJ2、PGJ2およびPGA2)は、神経変性メディエイターとして認知されつつある(Brain Pathol,2005,15,149)。15d-PGJ2 膜標的分子の存在を初めて報告した論文 (Yagami et al., Exp. Cell Res. 2003, 291, 212) はハイライトとして掲載され、我々は本分野の先駆者として15d-PGJ2 膜標的分子の機能解析が期待されている。