学部・大学院


こども保健学科 教員コラム

大学渡り歩記

島崎 保 (発達心理学・人間性心理学)


  この教員コラムでは内容は自由とのことである。何を書いてもいいと言われると却って迷ってしまうものだ。そう言えば、夏休みの宿題でもっとも手を焼いたのは「自由研究」だったことを思い出す。そこで、しばらく悩んだ末に思いついたのは、「読み手と書き手の共通項を取り上げる」ということである。このコラムの読み手といえば、本学の学生やそのご家族、卒業生、あるいは本学に何らかの関心を持っておられる高校生などであろう。この読み手の方たちと書き手である私の共通項といえば、やはり「大学」ということになるだろう。そこで、いささか安易ではあるが私の学生時代を振り返り、いまもなお、その影響を強く受けている(と思っている)経験のいくつかを紹介することでお許し願いたい。
 ところで、私の学生時代に関して、他の多くの人たちと少しばかり違っているのは、次々とキャンパスが変わったということだろう。学部時代に3年次編入、専攻科、修士課程、博士課程とほぼ2年おきに大学を変わったため、結果的には延べにして5つの大学を転々とすることとなった。これが良かったのかどうかについては如何とも結論を下しかねるところではあるが、その結果として、少々大袈裟に言えば、「知の相対性」とでもいうべきものと接したのは貴重な体験であったと思っている。これだけ多くの大学を渡り歩くと、当然同じ題目の講義を複数の大学で(当然異なった教員から)受講するということが起こってくる。ところが、その中身たるや千差万別とまでは言わないまでも、まるで違うということが決して珍しくないのである。これは講義に限ったことではなく、ゼミの場などでも頻繁に体験したことである。A大学のゼミではいわば常識としてメンバーのほとんどに共有されていた用語や概念が、B大学では決して常識ではなく、改めて一から説明しなければならないということも少なくなかったのである。しかも、いざそのような場面に直面してみると、意外に自分の知識が曖昧なものであったことを思い知らされることがしばしばであった。このような経験を通して、「今ここで」の真は必ずしも絶対の真とは限らないこと、そして自分の知の確かさは異質なるものと関わることによって初めて確認されるものであるという思いが私の考えの中に深く根を張るようになったと思われる。
 また、学生時代の何人かの師との出会いも忘れることのできない経験である。以下はその一例であるが、学部生の頃、ある(上で述べた5つとはまた別の)大学の教授の講義を聴きたくて、特にお願いをして一年間その講義に通ったことがある。全国的にも著名で博学なその教授が、学部の概論講義のために毎回その日は朝5時に起きて予習をし、一時間目のその授業の数分前には必ず入室されて情熱を持って最先端の議論を紹介される姿は今なお私の目に焼き付いている。自分自身も大学で講義を担当する立場になった今、知識量や経験など、どれをとってもその先生には遠く及びもつかぬ私ではあるが、(だからこそ)せめて、学生と全身で対峙することで、本来の意味での学生を大切にするという姿を示そうとされた、その姿勢だけでも学びたいものだと思っている。
 最後に、院生の頃、短期間ではあったが交換留学生としてアメリカの大学で過ごしたことも、私にとっての大きな思い出の一つである。留学先の大学で何を学んだかはもうほとんど忘れてしまったが、印象的であったのは、同時期に留学していた学部生たちの様々な体験に対する反応であった。たとえば、グランドキャニオンの景観には、もちろん私も強いインパクトを受けてはいるのだが、心のどこかで「まあこんなものだろう」と醒めてしまっているところがあったように思う。これに対して若い学生たちは心の底からの新鮮な驚きを表していたのである。留学に限らず、体験そのものはどの年齢でも一応は可能だろう。しかし、そこで得られるものは年齢に応じて違っているのであって、体験を積んだ後でなければ見えないものがあるのと同じように、新鮮、率直といった若者特有の属性によってのみ感じ取ることのできるものがあるはずである。
 このコラムを書き終えての感想を一言。多くの大学教員がそうであるように、私も自分自身の入学以来、「大学」という環境の中で何十年と過ごしているために、他の職種の人と比べると、時間の推移に対して鈍感であったと言えるだろう。ほんの少し前と思っていた時代がいつの間にか確実に遥かに過去のものとなっていることを実感した。そしてまた、自由に選んだはずのテーマではあったが、自分もまた過ぎ去った過去に思いを馳せる年配者の仲間入りをしたのかもしれないとの感慨を強くした。
 ここまで書いてふと眼を上げると窓の外には秋の夕焼けの空が広がっていた。さしもの酷暑の夏もいつかは秋へと移行する。季節もまた確実に歩みを進めている。

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