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薬学部コラム

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第56回

コーヒー、珈琲、Coffee

生物物理化学研究室 原野 雄一 准教授

 コーヒーはアカネ科のコフィア属に属する熱帯植物で、主に赤道をはさむ南北約25度の地帯で栽培されている。この地帯は特にコーヒーベルトと呼ばれる。コフィア属には数多くの品種が含まれるが、飲用として用いられるのは、最も生産量の多いアラビカ種と、それに次ぐ生産量のカネフォラ種が主である。日中の年間平均気温がアラビカ種の場合で18~22℃程度、カネフォラ種の場合で22~28℃程度が最適といわれている。

 この気象条件に加え、コーヒーの栽培には、弱酸性の土壌が望ましく、さらに表土の深さ、耕しやすさ、水はけの良さ、肥沃さ等が求められる。また、栽培の仕方として、木と木の間隔、強い日差しからコーヒーの木を守る役割を果たすシェードツリーの有無、灌漑設備の有無といったように、栽培種と栽培方法に起因した、産地毎の様々な違いが見られる。

 コーヒーの木は、季節になるとジャスミンのような香りのする白い花を咲かせる。開花後に付く楕円形の果実は、緑色から赤色、(品種によっては黄色)黒紫色へと変化する。熟した果実はサクランボに似ていることから、コーヒーチェリーとも呼ばれるが、果実の部分が少ないため、食用フルーツとしての魅力には乏しい。

 この果実の中の種子が、いわゆるコーヒー豆(生豆)である。

 同じ品種のコーヒーであっても産地の環境によって、味や風味が非常に異なるため、たくさんのコーヒーの味わいを楽しむことができる。さらに、味の多様性は、コーヒー豆の産地や品種のみならず、焙煎(ロースト)、挽き方、抽出方法、水に影響される。

 薬学部のコラムとしては、健康面での効能を述べる必要があるのかもしれない。実際、カフェインの薬効性としては、心臓の働きを良くし、毛細血管を広げ、血液の循環を良くする働きがあるといわれている。また、最近の研究では、糖尿病や結腸ガン予防に効果があるとの報告もある。しかし、本コラムではコーヒーの“味”(私的な好み)に、こだわって書いてみたいと思う。

 コーヒーの味を構成しているのは、『甘み』と『酸味』と『苦み』と『コク』の4種類が基本と言われている。いかなるコーヒーにも基本的にはこの4種類の味があり(というより人間が感じる)、どれが強くて、どれが弱いか、どれが上質で、どれが下劣か、などが複雑に混ざり合って、その個性を形成している。

 私の“好み”は、そのなかでも、如何にして『甘み』を引き出すかである。コーヒー生豆にはオリゴ糖(主にショ糖)がアラビカ種で多ければ10%程度含まれているそうだ。しかし、焙煎によりこの糖はほとんど炭化してなくなる。ショ糖は焙煎によってコーヒーの色、香り、酸味の元となる。

 『甘み』につながりそうな物質は他にあるようだが、このコーヒーに感じる『甘み』の研究はされていない。海外の文献にもコーヒーの『甘み』に対する研究は無く、 実は日本人特有の感覚かもしれない。日本ではコーヒーをブラックで飲む習慣があるが、世界中のコーヒー人口で、ブラックで飲む割合は全体の2%だそうだ。実際、ブラジルでは、 これでもかというくらい砂糖を入れるし、エスプレッソを好むイタリアやフランスでも砂糖を浮かべて飲む。アメリカの某大手コーヒーチェーンに至っては‥‥、いうまでもない。

 前置きはさておき、如何に『甘み』を感じるコーヒー(ブラック)を入れるか?コーヒーはそもそも『苦い』ものである。焙煎しているのだから当然かもしれない。入門編として、まずは、この『苦み』を上手にコントロールすることで、『甘い』コーヒーをいれられるようになるかを紹介する。

 どうすれば『苦み』をコントロールできるのか?それには、まずコーヒーの苦み成分の特性を知る必要がある。コーヒーを入れるという作業は、どんな方法を持ってしても、 コーヒー豆にお湯(または水)を通すことで、お湯にコーヒーの成分を溶け出させることである。いわゆる抽出である。実はこの時、コーヒーの様々な成分には、 お湯に溶け出す速度に違いがある。化学をかじったことのある人には至極リーズナブルであろう。 コーヒーの苦味成分のほとんどは、焙煎時の化学反応の複雑さのために、その全体像がまだ明らかにはなっておらず、その一部について断片的にわかっている程度である。 しかし、経験的に『苦み成分』はお湯に溶け出す速度が遅いといわれている。この特性を利用してコーヒーの『苦み』をコントロールするのが、好みの一杯をいれるための第一歩である。コントロールの方法は次の3つ。

  1. お湯の温度…お湯の温度が高いとコーヒーの成分は溶け出しやすくなる。もちろん『苦み成分』も溶け出し易くなり、お湯の温度が低い時よりも多くの『苦み成分』が溶け出し、苦みの強い濃い印象のコーヒーに仕上がる。逆に、お湯の温度を低くすると、『苦み成分』は十分に溶け出すことが難しくなり、苦みの少ない薄い印象のコーヒーに仕上がる。ちなみに、『酸味』はもともと溶け出す速度が速いので、お湯の温度が低くても十分に溶け出すことができるようだ。個人的には85~90℃程度のお湯でいれると自分好みのコーヒーになる。沸騰したお湯を別のドリップポットなどの入れ物に移すだけで85~90℃程度に温度が下がる。
  2. 抽出にかける時間…抽出時、お湯の流量をおさえて、ゆっくり時間をかけて落とすと、抽出速度の遅い『苦み成分』にも十分に溶け出せる時間ができるので、苦みの強いコーヒーに仕上がる。逆に、流量を上げて短時間にいれると、『苦み成分』は十分に溶け出すことが出来ないので、苦みの少ない薄い印象のコーヒーに仕上がる。個人的には、抽出にかける時間が2分程度だと自分好みのコーヒーに仕上がる。ちなみに、抽出する際はネルドリップをお勧めする。いわゆるネルシャツの生成り生地をフィルターにしたものだ。
  3. 豆の挽き具合…豆を細かく挽くと、成分はお湯に溶け出しやすくなる。また、粉が細かいとお湯が落ちる速度が遅くなる。この2点から、豆を細かく挽くと、溶け出す速度の遅い『苦み成分』でも十分に溶け出すことができるようになるので、苦みの強い、濃い印象のコーヒーになる。逆に、豆を粗く挽くと、お湯の落ちる速度も速くなり、成分が溶け出しにくくなるので、苦みの少ない薄い印象のコーヒーに仕上がる。

 以上3つから、苦みの強いコーヒーをいれる時は、コーヒー豆を細めに挽いて、熱いお湯でゆっくり時間をかけると良いとこになる。なので、苦みの少ない (結果的に『甘い』)コーヒーは、その逆を実行すれば良いことになる。夏限定の話であるが、実は“水出し”コーヒーが一番の私好みだったりする。

 しかし、これらの項目が有効なのは、使うコーヒー豆に十分な甘みがある事が大前提だ。既にお気づきの様に、非常に重要なポイントが抜けている。どんなに上手にいれようが、肝心のコーヒー豆が美味しくなければ美味しいコーヒーは絶対にいれられないということだ。この豆選び自体が非常に難しい。さらに、それぞれの豆と自分の好みにあったローストの仕方となると、途方もない数の味のバリエーションになる。自分好みのコーヒー探しの旅は、まだまだ続く。

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