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薬学部コラム

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第18回

おすすめ 感染症に関する本

医薬品情報学研究室 駒田 富佐夫 教授


2009年は新型ブタインフルエンザに振り回された1年でした。ゴールデンウィーク中には、この新型ブタインフルエンザがパンデミック(世界的な感染症の流行)の様相を呈しました。空港などの入管の検疫官は大忙しであったのをニュースなどで見られた方も多いと思います。本学のある兵庫県でも、一時期に多くの感染者が出たために、病院機能が一時的に麻痺しそうになりました。また、保育所を含め幼稚園から大学まで多くの教育機関も休校になりました。しかし、幸いにも新型ブタインフルエンザの毒性は、これまでの季節性のインフルエンザと比べてもそれほど強いものではありませんでした。2010年1月の現状では、ワクチンの供給量にも余裕が出てきています。


 さて、感染症が広がる方法には、インフルエンザウイルスのように咳やくしゃみによる飛沫感染、コレラのように飲料水などによる消化器からの感染、日本脳炎のように蚊などの昆虫に刺されることによる感染、C型肝炎ウイルスのように患者の血液や体液などが直接体内に入ることでおこるものがあります。 一般に、飲料水や昆虫により遠くまで感染を広げることができるウイルスや細菌の方が、咳やくしゃみなど感染者の近くにいることで広がるものよりも、その毒性は強い傾向にあります。これは、咳やくしゃみなどで感染する病原体の場合には、病原体の毒性が強すぎてその患者が弱って寝込んでしまうと、接触できる人が減って感染が広がらなくなります。ところが、毒性がある程度弱いと、患者が動き回ることができ、そのためいろいろな人に感染を広げることができます。飲料水や昆虫により感染が広がるウイルスでは、感染者を弱らせても、飲料水や昆虫を介してまだ感染していない多くの人に感染させることができるためと考えられています。昆虫によって病原体が広がる場合には、弱っている患者を刺す方が、叩かれてつぶされる可能性も少なくなります。このように、感染させることできる距離(飲料水や昆虫によるものは距離が長いが、くしゃみや接触感染ではごく近くでないと感染しません)と毒性にはある程度の関連性があり、より遠くに感染を広げられるウイルスや細菌では、より強い毒性を持つ傾向があります。

  さて、ウイルスや細菌がどのような感染方法をとるにしろ、できるだけ感染が広がらないようにすることが必要です。特に飛行機などで簡単に長い距離を移動できる現在では、すでに感染してしまっているが、まだ発症していない感染者は知らないうちに人にうつしてしまうおそれがあるため、その動きには注意が必要です。局地的な感染から広範囲に感染に拡大するのを防ぐには、感染者の行動様式が大きく影響します。


そこで、まずお薦めする本は、『史上最悪のウイルス(上、下) そいつは、中国奥地から世界に広がる』(Karl Taro Greenfeld著、山田耕介訳、文藝春秋社、上下とも1,800円、2007年1月発行)です。

  本書は、2002年11月から2003年末まで世界を震撼させたSARSに関して書かれたドキュメンタリーです。著者はミドルネームから分かるように(Taro:太郎)日系ハーフであり、母は芥川賞作家の米谷ふみこ氏です。著者は、SARS(サーズ:Severe Acute Respiratory Syndrome、重症で急性の呼吸器の症候群(疾患)という意味)の感染・発症が始まった当時の2002年から収束した2004年にかけて『タイム・アジア』誌(香港を拠点とするタイム誌)の編集長でした。本書の特徴は、科学ジャーナリストでない一般のジャーナリストの彼がSARSの渦中にあって、その取材を行う際に出会った各国のジャーナリスト、欧・米・香港・中国などの様々な国々の医師、WHO職員、特に中国をはじめとする各国の政治家や役人の行動を通して、SARSがどのようにして中国広東省から北京、香港、タイ、ベトナム、シンガポール、カナダ、アメリカ、ドイツにまで広がって行ったか(実際にはヨーロッパ諸国や東南アジア諸国も含まれもっと多くの国に広がりました)を克明に記録したものです。彼にとっての職場である中国や香港には自ら足を運び、同僚ジャーナリストとともに経験したことを書いたものであるため、そのリアリティは圧巻です。本書の構成は、「2003年2月26日 ベトナム・ハノイ、ハノイ・フレンチ病院 感染者501人、死者51人」の様に、2002年11月1日の死者0人から2004年1月1日の死者884人まで、場所・時間・感染者や死亡者数などの動向とその時々の関係者の行動に重きを置き書かれています(その他、プロローグとエピローグを含む)。エマージング・ウイルス(新興ウイルス:これまで全く知られていなかったり、ごくごく局地的な発症のためこれまであまり知られていなかったり、これまでは動物には感染していたが人への感染がなかったため、突然にあらわれた(ように見える)ウイルス)はヒトと自然の接し方の変化により発現するといわれています。そして、本書は、パンデミックの様相がその後の政治的行動様式により大きく変わりうることを改めて確認させてくれます。

最近、日本でも、鳥インフルエンザウイルスによるヒトへの感染が恐れられ、そのためのワクチンの開発が進められております。そこで、以下の表には、私がこれまで読んだ感染症に関係する本のうちよかった(楽しかった、おもしろかった、知識が増えたなども含む)と思うものを選びました。これらの本の中には、専門知識をすでにある程度持っている方々でないと難しいものもありますが、高校生の皆さんには春休みの間に一冊でも読んでみてはいかがでしょう。


1:小説(メディカルホラーやSFなど)

タイトル

著者

訳者

出版社

発行日

価格(円)

アウトブレイク 感染

Robin Cook

林克己

早川書房

1988年3月

540

ロンドン・ペストの恐怖

Daniel Defoe

栗本真一郎

小学館

1994年7月

1300

アウトブレイク

Robert Tine

加藤洋子

新潮文庫

1995年4月

480

レフトハンド

中井拓志

 

角川書店

1995年6月

820

キャリアーズ(上下)

Patrick Lynch

高見浩

飛鳥新社

1996年9月

1800

インヴェイジョン 侵略

Robin Cook

林克己

早川書房

1997年12月

840

コブラの眼(上下)

Richard Preston

高見浩

飛鳥新社

1998年7月

1700

ダスト

Charles Pellegrino

白石朗

ソニー・マガジンズ

1998年11月

1800

トキシン 毒素

Robin Cook

林克己

早川書房

1999年11月

880

ベクター 媒介

Robin Cook

林克己

早川書房

2000年6月

940

感染者(上下)

Patrick Lynch

高見浩

飛鳥新社

2002年5月

1700

エピデミック

川端裕人

 

角川書店

2007年11月

1900


『アウトブレイク 感染』は、アメリカの健康保険制度や医療制度の問題点を知ることができます。
『ロンドン・ペストの恐怖』の著者は『ロンビンソンクルーソー』の著者で、彼自身の幼少のころ、実際にロンドンで発生したペストをルポ形式で表した小説です。『アウトブレイク』は、ダスティン・ホフマン主演によるエボラ出血熱ウイルスの感染拡大を阻止する様子を描いた映画の原作となった小説です。『レフトハンド』は、レフトハンドウイルスにより人間のDNAが変化していくホラー小説です。角川ホラー文庫で文庫化されています。『キャリアーズ』のキャリアーとはまだ発症していないが、病原体を体内に持っており、他の人に感染させることがある人です。そのためキャリアーの行動様式が感染拡大の鍵を握っています。『インヴェイジョン 侵略』は宇宙からのウイルスの侵略(『アンドロメダ病原体』を思い出す方もいるかもしれません)、『トキシン 毒素』は大腸菌O-157、『ベクター 媒介』は炭疽菌などのバイオテロを題材に書かれたメディカルサスペンスです。これらの著者は『アウトブレイク 感染』の著者と同じRobin Cookで、彼自身も医師です。『コブラの眼(上下)』は、遺伝子操作ウイルスによるバイオテロの小説です。『感染者(上下)』は薬剤に耐性をもつ菌、『エピデミック』は架空のウイルスの感染封じ込めを扱ったメディカルサスペンスです。この表に示した以外にも、バイオテロや病原体の恐怖をあつかったメディカルサスペンスやメディカルホラーが数多くあります。

2:科学ジャーナリストやサイエンスライターが専門家を取材して書いた書籍

タイトル

著者

訳者

出版社

発行

価格(円)

ホット・ゾーン(上・下)

Richard Preston

高見 浩

飛鳥新社

1994年

 

ウイルスの反乱

Robin M Hering

長野敬、赤松眞紀

青土社

1995年12月

2200

病原微生物の氾濫

Arno Karlen

長野敬、赤松眞紀

青土社

1996年9月

2200

ウイルス感染爆発

NHKエボラ感染爆発取材班

 

NHK出版

1997年5月

1600

ウイルス・ハンター

Ed Regis

渡辺正隆

早川書房

1997年8月

1900

四千万人を殺したインフルエンザ スペイン風邪の正体を追って

Pete Davies

高橋健次

文藝春秋社

1999年11月

2095

デーモンズ・アイ

Richard Preston

真野昭裕

小学館、

2003年6月

1900

ウイルスたちの秘められた生活

Wayne Biddle

春日倫子

角川書店

2009年9月

629


『ホット・ゾーン』はエボラウイルスの封じ込めについて書かれた有名な書籍で、アウトブレイク(ダスティン・ホフマン主演の映画)の基になりました。また、『ホット・ゾーン―恐怖!致死性ウイルスを追え! 』として小学館文庫からも発売されています。同じ著者の『デーモンズ・アイ』は9.11後の炭疽菌事件などの生物化学兵器テロについて書いたノンフィクションです。『ウイルスの反乱』は エマージング・ウイルスの発現と生態系の変化が起こす役割について書かれています。『病原微生物の氾濫』は、感染症を社会の構造や歴史と関連させて解説したものです。『ウイルス感染爆発』はNHK衛星第一放送で放送された「証言ドキュメント・ウイルス感染爆発」を作成するための取材をもとにして書かれたものです。『ウイルス・ハンター』は、アメリカ疾病管理センター(CDC:Center for Diseise Cotrol)の疫学者たちの活動を取り上げたものです。『四千万人を殺したインフルエンザ スペイン風邪の正体を追って』は、1918年にパンデミックを起こしたスペイン風邪のウイルスの正体(遺伝子情報)を得るために永久凍土に埋葬された遺体や別途保存された組織からウイルスの採取を試みた記録です。『ウイルスたちの秘められた生活』は平成8年に出版された単行本を文庫化したものです。タイトルは『ウイルスたちの秘められた生活』となっていますが、原題は『A Field Guide to Germs』であり、ウイルス以外の病原菌についても多く述べられています。


3.ウイルス学者や医師が書いたエマージング・ウイルスやパンデミックに関する書籍

タイトル

著者(編者)

訳者

出版社

発行

価格(円)

エボラ

William T Close

羽生真

文藝春秋社

1995年10月

2200

殺人ウイルスへの挑戦

畑中正一

 

集英社

1995年11月

1500

突然出現ウイルス

Stephan S Morse

佐藤雅彦

海鳴社

1999年3月

6000

キラーウイルス感染症

山内一也

 

双葉社

2001年3月

838

新型・殺人感染症

Elinor Levy & Mark Fischetti

根路銘国昭

NHK出版

2004年6月

2400

疫病は警告する

濱田篤郎

 

洋泉社

2004年8月

760

恐怖の病原体図鑑

Tony Hart

中込治

西村書店

2006年7月

1800

感染症の数理モデル

稲葉寿

 

培風館

2008年7月

4700


これらの本は、中学生や高校生の皆さんにはやや難しいかもしれません。『エボラ』はこの治療にあたり、自らも感染し亡くなった医師や看護師(エボラが発生したアフリカではシスターが看護師の役目をすることがある)、また患者やその家族などの実話(ノンフィクション)です。『殺人ウイルスへの挑戦』の畑中正一氏は京都大学ウイルス研究所の所長でした。本書はウイルスの説明よりもウイルスの発見やワクチンなどの治療に多くのページが割かれています。『突然出現ウイルス』は高価で結構分厚い本で基礎的な知識がないとちょっと難しいかもしれません、エマージング・ウイルスについて書かれたものです。『キラーウイルス感染症』の山内一也氏は獣医師であるため、動物から人に感染するウイルスについての解説が多いのが特徴です。『新型・殺人感染症』は、ウイルスや病原菌の解説だけでなく、いろいろなエピソードが含まれる読み物です。『恐怖の病原体図鑑』には、ウイルスや病原体の人工的に着色された電子顕微鏡写真と、それら病原体の特徴が簡単に説明されています。『感染症の数理モデル』は研究者や専門家向けの書籍です。数学の知識が要求されます。感染症の広がり具合や毒性の進化などを数式を用いて説明しています。

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