学部・大学院

薬学部コラム

<<< コラム一覧     << BACK     NEXT >>  
第30回

雑学・知識と教養

分子病態学研究室 谷口 泰造 教授


雑学・知識、教養、これ全て知ることが基本です。では、どこに違いがあるのでしょうか。吉田兼好さながら、徒然なるままに考えてみたいと思います。お付き合い下さい。


 法師さま。
神道は神社、仏教はお寺。神社には神様がいて、お寺には仏様がおられる。神社ではかしわ手を打つが、お寺では合掌をする。日本人なら誰でも知っていること、常識といってもいいでしょうか。でも、生まれたばかりの赤ちゃん、外国人には未知のことで、教えられて初めて知ることです。これらのことを知っている外国人は、知識人といってもいいでしょう。それでは、お寺にお参りし、ある仏像をみてこれが如来様なのか、菩薩様なのかがわかる。これはどうでしょうか。仏像がブームになっている昨今ですが、それでも半数の人は答えられないのではないでしょうか。答は簡単で、きらびやかな服装をしている仏様が菩薩様で、切れ一枚の服装が如来様です。仏教の創始者であるゴーダマシッダールダという人は、もともとは古代ネパールにあった国の王子様。王子様が出家をなさり、修行をされるのですが、王子様の姿を模したのが菩薩様。修行の後、悟りを開いた時の姿を模したのが如来様というわけです。ここまでくるとこれは、立派な知識です。でも、仏様には申し訳ありませんが、宗教人でもない限り、それを知っているからといってあまり役立つことがないので、雑学と言えるかもしれません。


 先生さま。
大学で講義をします。薬学部であることから、学生のほとんどは、将来、薬剤師になります。間違った薬は患者さんの死に直結します。ですので、おなかが痛い人には抗コリン剤が第一選択薬で、血圧の高い人には何々という薬、血糖の高い人には何々という薬が使われるといったことから、おなかが痛くなるのは胃潰瘍、膵炎などの原因があり、血糖が高くなるのはインスリンの不足により引き起こされ、食べすぎが原因になるだけでなく、遺伝子の異常によって引き起こされることもあるといったことまで本当に膨大な知識を詰め込みます。学生もそれを覚えないと国家試験に通らないので仕方なく頑張ってくれますが、時々自分が教えているのは何かと考えさせられる事があります。確かにこの知識のおかげで、学生は薬剤師になりお金を稼ぐことができるようになるので、雑学では無いとは思うのですが、本当に役立つ知識なのだろうかと疑問に思うことがあります。


 法師さま。
話を仏様に戻しましょう。お地蔵様は、菩薩さまですが、きらびやかな服は着ていません。反対に大日如来様は、如来様ですが、宝冠をかぶっておられます。こうなると先程言った事は何だったのか、間違った事を教えないでとお叱りを受けそうです。


 先生さま。
先生に関してもそうです。頭痛、生理痛にはすぐセデ○。セデ○は、胃炎、胃潰瘍の原因となるので、同じ痛みでも腹痛には使わないようにと学生に教えるわけですが、腹痛を症状とするものでも胆石症、尿路結石には良く使われます。学生から何が正しいのと言われそうです。

 ますますわからなくなりました。今まで触れていないことですが、教養とは何でしょうか。雑学、知識についてもまともな解答がわからないのにましてや教養とは何かを言うのはおこがましい気がするのですが、もう少しお付き合い下さい。


 法師さま。
安珍清姫伝説で有名な道成寺ですが、ここは道成寺という名前の通りお寺です。国宝の仏像が2躯あるほか沢山の国指定重要文化財もあるれっきとした天台宗の名刹です。ですが、ここでは、お参りするときに大きくかしわ手を打ちます。


 先生さま。
薬を作る際、その薬の効果を調べるだけでなく、どれくらいの量で副作用が出るかということを検討する安全性試験が必要となります。安全性試験には、マウスがよく使われますが、ある薬の安全性試験において、ある濃度の薬を投与するとほとんどのマウスが死んでしまうという中で、ある試験者が投与しているマウスだけは死なないということがありました。その試験者がさぼって薬を投与していないのではないかと疑われたのですが、実際ちゃんと投与されていました。何がマウスを生かせたのかということなのですが、彼は、動物好きで、日頃からマウスをかわいがり、マウスも彼になついていて、薬を投与する時も彼が投与するマウスはおとなしくしていたということです。彼に対する信頼がマウスを生かせたのかもしれません。同じようなことは人間にも当てはまります。病気、薬のことを熟知している医師が処方した最良の治療であっても、処方する医師のことを患者さんが信頼していない場合は期待した効果が得られない。そればかりか予期せぬ副作用が出ることがあります。逆に信頼する医師が処方する薬はメリケン粉のようなものであってもとんでもなく良く効く事があります。


 教養とは、知識を鵜呑みにすることなく、知識には例外があることを認める謙虚さ、そして、知識から常識では割り切れない成果を引き出す能力のことを言うのかも知れません。講義では、知識をおしつけるだけではなく、学生が少しでも教養を身につけるお手伝いをしたいと願いつつ筆をおきます。お付き合い下さり、ありがとうございました。


ページの先頭へ