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薬学部コラム

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第35回

ドラッグラグとは

医療薬剤学研究室  奥村 勝彦 教授


独立行政法人医薬品医療機器総合機構:PMDA

 明けましておめでとうございます。
  ドラッグラグと言う言葉が最近、新聞、テレビなどで紹介されるようになりました。これは海外の医療現場で利用されている医薬品の一部が日本で利用できるまでに時間がかかる(かかり過ぎ?)ことです。ガンの治療薬にはこのケースが多いのです。この原因は厚労省(実際には独立行政法人医薬品医療機器総合機構:PMDA)の処理遅れもありますが、医薬品の特殊性にもあります。テレビや冷蔵庫のような物はヒトの命に関わる問題をほとんど起こしませんが、薬は命に関わるからです。テレビや冷蔵庫を世界的に販売する場合、特許以外大きな制約はありません。しかし、医薬品に関しては国ごとにその有効性、安全性を確認することになっているのです。勿論ヒトは同じだから一つの国で審査して有効性・安全性を承認できたら、全世界で認可できるのではとの意見もあるでしょう。残念ながら、これは人種差や国の事情により不可能なのです。
 例えば、肺がんの治療薬で間質性肺炎を起こすとして訴訟問題になっているイレッサについて考えてみましょう。イレッサの副作用である間質性肺炎は生命に関わるもので、これが争点になっています。しかし、一般に肺がんの治療薬では間質性肺炎発現の可能性は高いのです。薬は常に副作用の危険を伴っていますが、効果が危険性を大きく上回っているから使用するのです。ところが、イレッサの場合、有効性が十分でないのに副作用はかなり発現したと言うことです。後に白人系のヒトにはほとんど効かないことがわかりアメリカでは新しい患者さんへの使用が中止されました。しかし、日本人などアジア系の人種では有効性に個人差はあるものの、有効だったのです(現在では遺伝子を検査して有効性が高いと予測される患者のみに投与します)。イレッサが発売されてから2年後の研究で、東洋人に多い遺伝子変異が有効性を左右する鍵だったと解明されました。このように人種によって効き方や副作用が変わるために、国別の審査が必要になってくるのです。このような事実はある程度広く使用されてからわかることが多いので問題を起こすことになると言えましょう。このため、アメリカではFDA,わが国ではPMDAと言うような政府機関が審査を行っています。FDAには2000人以上、PMDAでも500人以上の職員が審査業務を行っているのです。事業仕訳でも、多くの政府関係機関が縮小を余儀なくされた中でPMDAは増員を認められました。国として新成長戦略(2010年閣議決定)の中で承認審査の迅速化を進めることとなっています。ドラッグラグを短くしたいと言う国民的要求が届いたようです。現在、ドラッグラグはかなり短縮されてきているようですが、有効性・安全性を短時間で十分に審査するのは容易でありません。
 安全性を重視した慎重な審査と患者さんの要求とは必ずしも両立しないと言えるでしょう。

 

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