学部・大学院

薬学部コラム

<<< コラム一覧     << BACK     NEXT >>  
第59回

【続】へいこう

医療薬剤学研究室  高良 恒史 教授

 

 久しぶりのコラム。何を書いてみようかと過去のコラムを拝見していたところ、中村 任先生執筆の 「平行」というコラムが目に留まりました。そこで今回は、勝手に「【続】へいこう」を書いてみようと思います。
 さて皆さん、「へいこう」という言葉から、どのような単語を連想するでしょうか?
大辞林で調べてみると、閉講、閉校、閉口、弊行、平衡、平行、兵甲、併行、並行、並航という言葉が見つかりました。今回は、数ある「へいこう」のうち、「平衡」について少し考えてみたいと思います。

【平衡】(出典:大辞林)
〔天秤(てんびん)の両端に載せた物の重さが等しく竿が水平になっている意から〕

  1. 物の釣り合いがとれていること。ある物質やある状態が、変化することなく、安定に存在していること。また、その状態。
  2. 力が釣り合っている状態。力学的平衡。
  3. 系のエネルギーが変化しない状態。熱平衡。様々な系について、相平衡・化学平衡・放射平衡などが定義されるが、いずれも熱平衡の特殊な場合である。

「平衡」は、簡単に言ってしまえば、釣り合いが取れているということですね。それでは、科学の世界に目を向けて、今回は三つの「平衡」を紹介したいと思います。

 一つ目は、「化学平衡」です。高校化学でも学習しましたね。化学平衡とは、可逆反応において正反応と逆反応の反応速度が等しくなり、 見かけ上反応が終わったように見える状態のことをいいます(実際には反応は続いていますが)。また、反応が平衡状態にあるとき、 条件(濃度、温度や圧力など)を変更すると、化学平衡の地点が変化します。つまり、外部から作用を与えると、 その効果を薄めるように状態が変化するということです。これを「平衡移動」と言います。この平衡移動にはある一定の原則がありましたが、覚えていますか?  そう、「ルシャトリエの原理」でしたね。

図1

 二つ目は、生体内で生じている平衡の一つで、血液の「酸塩基平衡」です。血液のpHは正常範囲から少し外れただけでも、多くの器官に著しい影響を与えるため、厳密に調節されています。血液の酸塩基平衡の調節は、肺や腎臓による役割が大きいですが、pH緩衝系を利用した調整も行われています。このpH緩衝系は、酸と塩基の比率を調整することによって、溶液のpH値の変化を最小限に抑えるよう化学的に作用するもので、この作用を緩衝作用と呼んでいます。生体内のpH緩衝系は、体で自然に発生する弱酸と弱塩基で構成されていて、正常な血液pHでは、これらの弱酸と弱塩基がバランスをとって平衡しています。血液中の最も重要なpH緩衝系は、炭酸(血液中に溶けている二酸化炭素から形成された弱酸)と重炭酸塩イオン(それに対応する弱塩基)を利用しています。

図2


 最後に、もう一つ生体に関わる「平衡」を紹介したいと思います。それは、ドイツの科学者ルドルフ・シェーンハイマーが提唱した「動的平衡」です。これは、生体内で不必要になった細胞や異常を示した細胞が日々破壊される一方で、食物を分解して生体内に取り込んだアミノ酸をもとに作られた新しい蛋白質で置き換えられることにより常に平衡が保たれていることを意味しています。もう少し簡単に言うと、生体を構成している物質は、そのまま放置しておくと自己崩壊・破壊(簡単に言えば、腐敗)が起こりますが、それよりも早く、新しい物質を取り込んで再構築する仕組みが生体には備わっているということです。つまり、生命の維持には、「新しい分子の流入量」と「古い分子の排出量」が一定で「動的平衡」を保つシステムが必要であるということです。

図3


 以上、科学の世界から三つの「平衡」について紹介しましたが、まだまだ多くの「平衡」現象があります。科学の世界だけでなく、社会や日常生活でも「平衡」が存在しているのではないでしょうか。
 例えば、皆さんに大きなストレスが加わった時、どのような対応をしているのでしょうか?
 ルシャトリエの原理で「平衡移動」し、新たな平衡地点を見つけているのでしょうか?
 それとも、皆さん自身が持っている「緩衝力」を利用して、急激な変化を抑えているのでしょうか?
 あるいは、必要なものと不要なものの「入れ替え」を行っているのでしょうか?
 いずれにせよ、バランスを上手くとることが、何事においても大事ですね。

ページの先頭へ