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薬学部コラム

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第61回

ザトウクジラ

臨床薬効評価学研究室 白木 孝 准教授

 少し前の話になりますが、本学のある姫路近辺でザトウクジラが目撃されたというニュースがありました。
主な目撃情報は次のようになっています。

2014年10月28日 兵庫県姫路市広畑区広畑港近辺
2014年11月13日 兵庫県赤穂市沿岸
2015年1月8日 兵庫県播磨町新島の東播磨港周辺
2015年1月25日 愛媛県今治市波方町大角鼻の北約1kmの瀬戸内海

 ザトウクジラが瀬戸内海を回遊することは通常なく、まさか姫路で見ることができるなど想像すらしていなかったため、私はこのニュースを聞いた時非常に驚きました。

 ザトウクジラは体長13~14m、体重は30tにもなる大型のクジラで、長さが4m程もある長い胸びれが他のクジラ類と違った特徴となっています。日本近海では冬から春先にかけて、沖縄や小笠原諸島で見ることができるのですが、地球規模の大回遊をしており、それは餌と深く関係しています。
 冬の時期に出産した子クジラは最初は約4mと小さく(それでも十分大きいですが)、皮下脂肪層が大人のクジラに比べて薄いため、海水温度の低い場所では生きて行くことができません。そのため、冬場でも海水温度が比較的高い低緯度地域に来て出産をするのですが、温暖できれいな海域はザトウクジラが餌とするオキアミなどのプランクトンが非常に少なく、その場所では何も食べることができません。そこで暖かい海域で子クジラは毎日約500Lもの母乳を飲み、体重をどんどん増やしてしっかりと皮下脂肪を蓄えて、冷たい海域へ餌を求めて旅立って行く必要があるのです。
 餌場となるのはアラスカと極東ロシアの間にあるベーリング海です。この海域はミネラルや栄養分が豊富でプランクトンが増える条件が整っており、それを餌とするオキアミが大発生し、ニシンなどの小魚も大量にその時期には生息しているため、クジラ類の格好の餌場となっています。そこで1年分の栄養をしっかり取り、また出産をするために沖縄、小笠原諸島へと5000 kmにも及ぶ大回遊を続けているのです。
 また南半球でも同様の回遊が行われており、オーストラリア近海で出産をしたザトウクジラは、餌を求めて南極海へと向かいます。数千kmにも及ぶ地球規模の移動を行っていますが、赤道を越えて北半球と南半球との交流はないと言われています。ちなみに北半球に生息するザトウクジラは、お腹側の白い模様が少なく、ほとんど全身が真っ黒ですが、南半球のものは、お腹側の半分程度が真っ白であり、一目でどちらの半球のザトウクジラかを見分けることができます。

 上述の姫路で目撃されたザトウクジラですが、その時期から考えて、沖縄方面へ南下する途中に、太平洋から瀬戸内海へ迷い込んでしまったのかもしれません。またその時期は元々餌を全く食べない期間ですので、そういう心配をする必要はありませんが、1月下旬が最後の目撃情報であったことを考えると、そのまま愛媛側から太平洋に戻って行った可能性が高いようにも思います。

 それから、ザトウクジラは、自分の子供以外の弱いものに対しても、「思いやり」のような心があるのではないかと考えられていたりします。ザトウクジラに聞いた訳ではありませんから本当のことは分かりませんし、擬人化しすぎている可能性もあるとは思いますが、自分より弱い立場にあるものを助けるという行動を取ることが、いくつか報告されています。
 テレビで放送されていたこともありますので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、シャチに襲われそうになったアザラシが、ザトウクジラによって救出されたという話があります。シャチは群れで団結して狩りを行い、子クジラも集団で襲われることがあります。またとても頭が良く、考えた方法で狩りをすることが知られており、氷の上に避難しているアザラシに対して、集団で横一列になって泳いで波を立て、その波によってアザラシを海に落として捕食するという方法を取ったりもします。そのケースでもアザラシが海に落とされたのですが、そこにザトウクジラが割って入り、自ら裏向きになり一番の特徴である長い胸びれでアザラシを自分のお腹側に引き寄せ、シャチが諦めるまでのしばらくの間、そのまま背泳ぎの体勢でアザラシをお腹の上で守ったそうです。その他にも、別の種類のクジラをシャチから守るような行動も目撃されているそうです。

 大きな体で大海原を悠々と泳ぐ姿、数千kmにも及ぶ地球規模での大回遊、そして弱いものに対する思いやりがあるのではと思わせるような行動、そういう所が人々がザトウクジラに魅せられる理由なのかもしれません。

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