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薬学部コラム

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第62回

学ぶこと、伝えること

生化学研究室 田畑 裕幸 講師

 生化学の講義で、電子伝達系の話をすると、学生の皆さんにとっては、とても難しい内容らしく、生化学が苦手になる原因の一つになっているようです。薬剤師が電子伝達系の仕組みを知っていて何の役に立つのか、と思うこともあるのかもしれません。そこで今回は、薬局で役に立つ電子伝達系の豆知識を紹介しつつ、難しいことを分かりやすく伝える大切さについて書いてみようと思います。
 薬学部の講義において、電子伝達系は、糖(グルコース)から生物のエネルギー源であるアデノシン三リン酸(ATP)を産生する代謝経路として、解糖系、クエン酸回路と共に学びます。このため、「電子伝達系=エネルギー産生」と機械的に覚えることになり、その中身については理解しないまま卒業する学生も少なくありません。薬局やドラッグストアで見かける電子伝達系で働く分子として、コエンザイムQ10(CoQ10)が挙げられます。CoQ10は、1957年に発見され、1978年にはミトコンドリアでのCoQ10の役割に関する研究にノーベル化学賞が授与されています。1990年代以降、CoQ10はサプリメントとして日本でも流通し、今では身近な存在になりました。薬学部の講義で、CoQ10は「補酵素Q(CoQ)」として登場します。
 CoQ10を含むサプリメントのパッケージには、よく「元気になる」、「還元型」などと記載されています。患者さんやお客さんから、「CoQ10は体の中で何の役に立つの?」、「なぜ還元型CoQ10の方が体にいいの?」などの質問を受けたとき、薬剤師としてこのような質問に「エネルギー産生がよくなるから」と機械的に答えたなら、質問した相手だけでなく、答えた自分も納得はできないでしょう。場合によっては、CoQ10が栄養豊富な食品と誤解されかねません。しかしそうかと言って、専門知識を持たない人に、下記のようなミトコンドリアにおける電子や水素の授受の話をしても、理解を得ることは難しいでしょう。

電子伝達系は、およそ以下の(1)~(3)の反応で生物のエネルギー源であるATPを生成します。

  1. (1)栄養素(糖、脂質、アミノ酸)の代謝によって生じた水素(電子)をNAD+ またはFADが受け取り、NADHやFADH2が生成する(還元)。
  2. (2)NADHとFADH2によって運ばれた水素(電子)は、ミトコンドリアの内膜で放出され、CoQ10に受け渡される(還元型CoQ10の生成)。
  3. (3)その後、シトクロム類の酸化還元およびATP合成酵素の活性化を経て、ATPが生成する。

 上記(1)~(3)の知識を使って、CoQ10の効能を患者さんやお客さんに分かりやすく伝えるためには、どのように説明すればよいのでしょうか。私ならできるだけ専門用語を使わないようにします。まず、専門用語を省く前に上記(1)~(3)の知識を以下のように整理します。
「ATPを生成するために、NADHやFADH2は、栄養素から取り出されたエネルギーを水素(電子)として運び、CoQ10を還元型にする。」

そうすると、例えば、「CoQ10は、体に取り込んだ栄養分をエネルギー源に変えるために使われるものです。」と誤解なく、分かりやすく伝えることができると思います。また、還元型CoQ10がエネルギーを水素(電子)として受け取った後の状態であることを知っていれば、「還元型CoQ10の方が、還元型ではないCoQ10よりも効率的に体内でのエネルギー産生に使われます。」と伝えることができます。
 薬学部では、高学年になるにつれ、共用試験や国家試験を意識するようになり、効率のよい勉強をすることが求められます。しかし、実際に薬剤師として社会から求められるのは、勉強して得た知識を分かりやすく社会に還元することだと思います。学生の皆さんには、学ぶことと同様に伝えることも大切にして欲しいと思います。


図.コエンザイムQの酸化還元
 コエンザイムQの酸化型はユビキノン(CoQ)、還元型はユビキノール(CoQH2)と呼ばれる。これらの名称は、ubiquitous(普遍的な)に由来している。ベンゾキノンに結合したイソプレノイド側鎖の数(n)は、生物種によって異なり、人間ではn = 10である(だからCoQ10)。
(New生化学 第2版 廣川書店)

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