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薬学部コラム

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第57回

伝統薬物調査

漢方・生薬学研究室  栗本 慎一郎 助教

皆さんは伝統薬物という言葉をご存知でしょうか?
伝統薬物とはある地方や民族に固有の伝承薬や民間薬のことで、現代医学の普及が十分でない地域においては、現在でも病気の治療には伝統薬物が用いられています。
しかし、今日では世界規模で医療の近代化が進んでおり、これに伴い伝統薬物に関する知識は急速に失われつつあります。伝統薬物は科学的根拠に基づいて用いられているわけではありませんが、今日まで淘汰されずに長年使用されてきたという実績があります。 また天然からはこれまでにモルヒネ(鎮痛薬)、エフェドリン(鎮咳薬)、アトロピン(散瞳薬、鎮痙薬)、パクリタキセル(抗悪性腫瘍薬)など医薬品として 用いられている化合物が多数発見されており、こうした伝統薬物についても科学研究を行えば、新薬開発につながる生理活性化合物が得られる可能性が高いと考えられます。 こうした観点から、重要な医薬資源である伝統薬物情報を収集・記録し、創薬研究に活かすために伝統薬物調査が行われています。

モンゴルの大草原画像
モンゴルの大草原
ゲルキャンプでの日の出
ゲルキャンプでの日の出
砂漠でのトラブル
砂漠でのトラブル

私は学生時代(2011年、2012年)にモンゴル国での伝統薬物調査に参加する機会を得ました。一般的なモンゴルのイメージというと、ゲルと呼ばれる移動式住居が点在する草原で遊牧が行われているというイメージですが、首都のウランバートルは建物が立ち並び、人と車で溢れていました。新たな建物や道路の建設工事も盛んに行われており、発展中の国の勢いというものが感じられました。 しかし、ウランバートルを少し離れるとそこには広大な草原が広がっており、日本では見ることのできない見渡す限りの地平線や満天の星空など美しい自然に出会うことができます (大草原に虹がかかった写真は私のお気に入りの1枚です)。
調査では自生している植物の採集と腊葉(さくよう)標本の作成、地域医や薬商人の方への伝統薬物に関する聞き取り調査などを行います。情報の収集が目的ですので、聞き取り調査が最も重要なのですが、植物を研究材料とする者にとっては、様々な植物に出会えることも大きな楽しみの1つです。日本には分布していない植物に出会うことも多く、それらを自生地で観察し、実際に手にとり、匂いを嗅ぎ、味見をする、これは現地で実際に調査を行った者だけが味わえる醍醐味だと思います。
調査中は楽しいことだけでなく苦労やトラブルもたくさんあります。私が調査に参加したのは2回ですが、その2回だけでも、夕立で道が川のようになり立ち往生した、夜にキャンプへ向かう途中に橋がないので車で川を渡る羽目になった、車が砂漠でタイヤを取られ動かなくなった、1週間風呂に入れなかった、食事が羊肉ばかりで体臭が羊臭くなったなど苦労話を挙げれば切りがありません。しかし、これらも今では良い話の種になっており、こうした苦労やトラブルを経験できてよかったと思っています。
調査に参加する前は正直なところ不安で仕方なかったのですが、調査を終えた後にはいつか自分が中心となって海外で伝統薬物調査をしてみたいと思うまでなりました。このモンゴルでの伝統薬物調査は学生時代の私を精神的にも肉体的にも大きく成長させてくれた貴重な経験の1つです。私は経験というものは我々が生涯失うことのない財産であると思います。是非、学生の皆さんにはリスクを恐れず、様々なことに積極的に挑戦し、多くのことを経験してほしいと思います。

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