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播磨学 I (第5回)「姫路城を学ぶ」を開講しました。 [教務課・地域連携課]

2013/05/20

5月17日(金)、姫路市立城郭研究室室長の村田和宏氏を講師にお迎えし、「姫路城を学ぶ」というテーマでお話しいただきました。
講義の概要は以下の通りです。

平成5(1993)年12月11日、日本で初めて世界文化遺産に登録された姫路城には、国宝8棟・重要文化財74棟がある。遺産区域は、お城周辺の250haに及び、その内訳は、コアゾーン107ha、バッファゾーン143haである。

姫路城の歴史は、元弘3(1333)年、赤松則村(円心)が姫山に縄張りを設けた時にはじまり、天正9(1581)年には、羽柴秀吉が3重の姫路城を築いた。この城は、昭和の大修理の際、天守台石垣・礎石などが発見され、現在の天守群の位置にあったことが判明した。

現在の白亜の姫路城は、慶長6(1601)年、池田輝政が築城をはじめ、慶長14(1609)年、5重7階の連立式天守が完成した。総構え式の城下町もつくられた。その後、元和4(1618)年、本多忠政が西の丸を造営した。当時、三の丸の居城、向屋敷、武蔵野御殿、東屋敷、西屋敷などの御殿群もあったが、今日それらの居住空間は残されていない。今の姫路城に人の気配が感じられないのは、そのためである。

姫路城の石垣には、羽柴時代、池田時代、本多時代と3つの異なる石積みの形式がみられる。秀吉時代の石垣は野面積みで、石棺や五輪塔などの転用石が多く用いられている。

(文責:大塚健洋)

                

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